まろりのシネマな冒険

まろりのシネマな冒険

最近観た映画、おススメ映画、イチオシ俳優etc...まろりのゆる~いシネマブログです。

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出演:ティルダ・スウィントン、エズラ・ミラー
おすすめ度:★★★☆☆


「少年は残酷な弓を射る」
この邦題は、ある意味惹きつけられるものがあるが、
原題は「We Need to Talk About Kevin」
直訳すると「私たちはケビンについて話す必要がある」


物語の途中で、母親は夫に対して、
電話でそのように伝える。「ケビンについて話したい」と。
しかし、それは叶わなかった、直後に事件が起きたから。


いったい、この映画は何を言わんとしているんだろう。
子供の頃の母親の愛情って、大事なんだよ?
いや、まぁ、それは分かる。でもそんな単純じゃない。
結局ラストまで、ケビンの気持ちはよく分からなかった。


ストーリーは、ケビンが起こすある事件を境に、
過去と現在をクロスさせていく展開に終始する。
けっこう短いスパンで過去と現在が行ったり来たり
するので、一体何が起こるのだろうと、想像を
かきたてられる。(邦題から大体の予想はつくが‥)
そして、物語はずっと母親の目線で語られる。


それにしても、ケビンは産まれた直後から母親に
敵対しているような雰囲気があるが、なぜだろう?
母親の愛情が足りないのは分かる。
この母親は見ているとイライラする。
泣き叫ぶ息子に苛立ち、言うことをきかなければ
腕を引っ張ったり、押し倒したり。

赤ちゃんの頃から、そんな母親の感情を
読み取っていたというのか。

だがその訳のわからなさが、この映画を(ケビンを)
一層不気味な雰囲気に仕立て上げているのだろう。
「悪の法則」を観たときも同じように感じた。
あえて、はっきりと明確に描写しないことが、
観客の想像力を掻き立て、映画の雰囲気を独特のものとする。



ネタバレを書きますが・・・

自分の味方であった父親と、歳の離れた幼い妹を殺し、
あまり愛情を注いでくれなかった母親だけを生かしておく
という行為に込められた意味とは。

ケビンの中に、母親への憎悪とともに、
愛情を求めたい気持ちが複雑に絡まっていたのだろう。
憎いから殺すのではなく、憎いから生かして、
そして夫と娘を殺された様を見せつけて苦しめる。

そして、今更でもいい、愛情を注いでほしいという
僅かな希望、期待があるから、母親を殺せなかった。


ケビンがラストに発した言葉。
「当時ははっきりとわかっていたつもりだが、
今はもう、よく分からない・・・」


(母親が)憎いから、事件を起こしたのに。
(母親に)愛されたいから、事件を起こしたのに。

自分のしたことは、間違っていたのか。
(もちろん、世間一般的には大間違いなのだが、
ケビンの感情として)
ケビンの中に罪の気持ちが現れ始めたからこその、
この言葉のような気がした。

ケビンの言葉を聞き、息子をギュッと抱きしめる母。
わずかだが、母親と息子の関係性に光が見えた
ラストだった。



出演:マッド・デイロン、サンドラ・ブロック

おすすめ度:★★★★☆



叙情詩のような映画でした。


静かに語りかけるように物語は進み、それでいて力強く激しく

人の心を揺さぶるような、今までみたことのないタイプの映画。


このテの映画に対する解読力はあまり持ち合わせていないので、

深読みしてあーだこーだ言うのは難しいのですが、

ただ漠然と、人間って複雑で多面的なんだなと、

だからこそ深く関わり合い、理解し合うことが大切なんだなと、

そう思いました。




この映画には、人種差別や警官の汚職など、

ロサンゼルスの汚れきった面が包み隠さず出ている。

様々な人種が暮らしている街で、

個々の考え方や生き方に違いがあり、差別が生まれるのは

ごく自然なことなのかもしれない。

黒人だけなく、中国人やヒスパニック系やペルシャ人など、

本当に様々な人たちの人生が描かれている。



「クラッシュ=衝突」

それは時に交通事故であったり、夫婦間の喧嘩であったり、

警官同士の意見の食い違いであったり、

店主と客のやりとりであったり・・・

どこにでもありうる、人間と人間の関わり。



マッド・デイロン演じる警官は差別主義者で、

黒人夫婦を捕まえて、奥さんにセクハラまがいのことをする

イヤーな野郎だけど、家では年老いた病気の父親の介護を

懸命に行っており、事故が起こればすぐさま駆け付け、

救助するという、警官としての正義を持っている人間だ。


彼がセクハラした奥さんを、事故から救出するシーンは、

とても胸が熱くなった。

スローモーションで流れていくそのシーンは、

観ている側に最悪の事態を想像させるが、

彼は最後まで彼女を見捨てず、ギリギリの場面で救出する。

そして泣き叫ぶ彼女を優しく抱きしめる。


人間って、なんて複雑なのだろう。

出会った場面、シチュエーションが違えば、

「その人」に対する見方が完全に変わってしまう。

きっとこの女性も、事故が起こらずにセクハラされたまま

警官に会わなければ、一生彼を憎んだだろう。



そして、ライアン・フィリップ演じる、もう一人の若き警官。

彼は、マッド・デイモンがセクハラしている場面を見て、

そんな彼にうんざりし、相方を外れたいと言う。

一見、正義感に溢れる若い警官だが、

ある日、強盗まがいのことをしている黒人のヒッチハイカーを

車に乗せ、ちょっとしたきっかけで彼を撃ち殺してしまう。


黒人への差別というものは、本当に根深いと思う。

黒人と話したことすらない私でさえも、

黒人を見ればちょっと怖いと思うし、銃を持っていれば

簡単に引き金を引くんじゃないかと思ってしまう。


この若い警官は、決して差別主義者ではなかったけれど、

やはり心のどこかで黒人に対するイメージというか、

恐怖心みたいなものがあって、ちょっとしたことから

それが大きな事件となってしまう、なんとも切ない。



日本人が観ると、違和感を感じる部分もあるかもしれない。

特にマッド・デイロン演じる警官に対しては。

どんなにいい面を見せたとしても、

結局はそーゆう奴なんでしょ、的な。

でも、やはりそれは側面であって全部ではないんだと。

全部を見るのは難しいけれど、ある一部分を切り取って

その人を憎んだり嫌ったり嫉妬したり、そのような負の感情を

持つことは、何か間違っているんじゃないかと。


自分もよくあるんです。

知り合ったばかりの人に対して、少し話しただけで、

あぁこーゆう人なんだと決めつけたり、嫌な面が見えると

距離を置いたり、誰だってありますよね?


そんな自分を少し変えてみたいと、

そう思わせられた映画でした。










出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モッツ

おすすめ度:★★★★☆




クロエ~クロエ~クロエ~グレースモッツ!!!


ということで、キュートなクロエが観たくて借りました。


したらばさ、めっちゃかわいくてかっこいい~惚れた!



ストーリーは典型的なアメコミなんだけど、

主人公の冴えない男子高校生がヒーローになって悪者を

退治するってよりは、キュートなヒットガール(クロエ)が

大活躍で、主人公は最後にちょっとだけ彼女を助けるっていう。

主人公と少女の対比が面白かった。

しかも狙ってるんだろうけど、緑のスーツだっさいわぁ(笑)

タートルズかよ!?



この頃のクロエは11歳?12歳?くらいですかね。

最近は大人っぽくなってきたけど、この映画ではまだまだ

子供らしくてひたすらキュートで、美少女って感じではない

んだけど、「リトル・ミス・サンシャイン」のアビゲイル系で、

何とも言えない可愛さ。ほっこりするわぁ。



前半から中盤あたりは、ちょっとグダグダ感もあったけど、

後半の復讐劇のシーンはすごく面白かった。

少女一人に翻弄されている極悪な大人たちが滑稽で、

そして予想もしない主人公の登場の仕方と活躍で、

最後はスカッとしたなぁ!


まぁこの映画は、何も考えずに気分爽快したいときに

観るのがおススメ♪



しかし、主人公役のアーロン・ジョンソン、

観てるときは全然気づかなかったけど、後で調べたら

「野蛮なやつら」のアイツだったのね。べっくりした。

全然違う、すげー。