こんばんは😃
昨日の初めてのブログを読んでくれた方々ありがとうございます(。-人-。)
いいね!がついているだけでとても嬉しくて幸せな気持ちになれました☺️
昨日ブログを書いていて途中愚痴が入ってしまったような感じだなと氣になっていたのですが、書いた後にスッキリしている自分がいて、自分の気持ちを正直に出すというのは大事だなと感じました。
並木良和さんも、たとえ相手に死んで欲しいと思ってしまっても、そんな自分に寄り添ってそれだけ嫌なんだねと認めてあげて、そのあとにずっとそのあと気持ちを持ち続けたいか問いかけて、いらなかったら手放すと教えてくれていました。
今日の題名の良いようなとは、昨日ブログを書いている間に娘からLINEが入っていたようで、母親の誕生日のプレゼントを一緒に買いに行こうかと思ったみたいなんです。
今は実父の家に数ヶ月行っているので、今朝電話がきた時に私は今日帰宅するというのではないかとハラハラしていたのですが、プレゼントを買いにいけるか聞いたり、近況を話しただけでした。
実は娘とはなかなか上手くいかなくて、実父の家に住んでもらってお互い穏やかに幸せに過ごすイメージをずっと持ち続け、今回も母親の誕生日まで帰らないと聞いていたので、その通りにいくように設定を自分の中でもしていたんです。
そしたら、今日帰ろうと思ってたんだけど明日はバイトが入っていたから、バイトが終わってから帰ると設定通りの日に帰宅する事になっていて、設定が上手くできた👍というのが1つ。
帰ってきてしまうのではと思いつつ、向こうに居てくれと願うのでは、娘を引き寄せて突然家に帰ってくるという事が何度かあって、潜在意識を意識して設定するのを練習しました。
帰ってきてもかまわないという気持ちもあるのですが、娘は発達障害があって、コロナ禍に散々除菌や外出の自粛をお願いしても聞く耳を持たず、突然帰宅しても除菌も着替えもせずに家中を動き回るので、持病のある私はストレスを感じてしまうのです。
コロナさえなければもう少し上手く付き合えるのにと思ってしまうのですが、この前ある本を読んでいたら、コロナさえと思っていても実際にコロナが終息したら、また違う事でこれされこうでなければとまた違う事に不満を持つと書いてあって、確かにそうかもと納得しました。
でも命に関わらない事ならそれに越したことはないと思ってしまいますが😅
なのでやはり本質としっかり繋がって、自分の外側で起こっている出来事に左右されない自分になるしかないなということですよね。
娘は小5の頃に出会ってその頃から発達障害がありそうだなと思っていたのですが、中学あたりから1度病院で診てもらった方が良いと母親に話していたのですが、なかなか実行されず、高校3年生の時にとうとう異常をきたしてしまって学校でも暴れて大変な事になっていました。
ずっと自分だけが気付いて早く診てもらうように言っていたのに、パートナーやそのママ友からは私がいけないような扱いを受けていて、本当に悔しかったり辛かったんです。
仕事をしつつ、買い物や食事作りを毎日やって家族のためにとやってきたのに、子供がインフルエンザになって高熱を出せば職場で携帯をチェックしながら仕事して、自転車を汗だくですっと飛ばして看病しに帰った事もありました。
体育祭も記録に残してあげたくて、午前の仕事を急いでやって、一時間短縮して自転車で駆けつけて、昼休みが明ける時間に帰っていたし、精神的に異常が出て部活の最後の試合に1人で行けれない時には、車で連れて行って、待ち時間は車にいさせて先生と連絡を取って出場する時間に連れていって、上手くできなくて逃走きたら探し回ってまた車で保護したり、泣いている友達をなだめたりして、最後に記念写真も撮れるように寄り添いました。
バイトを始める時も車で連れて行って終わるまで待って連れて帰ったり、それでも落ち着かなくて辞めたいと聞けば、電話をして当たり障りなく辞めさせて、思い直した時にまた復職できるようにもしました。
卒業後も絶縁していた友達と引き合わせて仲直りさせたり、それでも親でもないくせにとか、家族じゃないとか言われ、何度も許して、よく少し話しただけで信じるなと思ったとか言われた事もあり、もう家族じゃないならそれでもいいよって思ったんです。
もう嫌いだなと。
嫌いな気持ちをどうにかしたくて色々検索していたら、好きの反対は無関心だと書いてあって、嫌いだとその人の事を考えている内は本当の嫌いじゃないとも書いてあるのを見てハッとしました。
自分を受け入れてくれないから嫌いなだけで、完全に嫌いな訳ではのかな、、、でも今までの言動を思い出すとムカつくしで、好きかといえば好きかわからないから無関心になってみたら、いつもいつ帰ってくると言い出すか頭の片隅にいてストレスだった回数が減って、娘が突然帰ってくるのも止まっていたんです。
大好きな彼女の産んだ子供だから愛さないとと思ったり、子供を嫌いだと言ったら酷いとか可哀想とか言われるのではないかという思い込みが自分を苦しめていたようです。
こうでないととか、こうするべきという意識がまだあったんだなと認識して、嫌いだと思った気持ちや、怒りや悲しみを認めて手放しをやり始めました。
アカシックレコードを見る練習をした時に今の自分に一番影響している過去世を見てみると、娘との喧嘩と出てきて、追っていくと殺されてました笑
どうりで許せなかった訳だ~と思って、もう過去世のことで覚えてないし許す許すと許可を出したら、娘から一緒にプレゼントを買いに行こうと思ったという電話で、話した感じも穏やかに話せたんです。
逆に、一難去ってまた一難で、今度は息子が娘と同じ時期におかしくなってきていています。
息子も小2の頃に出会ったのですが、音読が書いてある通りに読めなかったり、学力テストの国語が3点だったので内容を見ると、学習障害があるのでは?と思っていたら、案の定担任の先生にも病院を勧められていました。
でもパートナーは息子は大丈夫と言ってきたと言うので、自分達で頑張ろうと国語のドリルを頑張りました。
どう思われても将来の子供のためと厳しく続けました。人の気持ちや話しが理解できるようにと願って。そのかいあって今は国語が点数の取れる科目になっていて、ローマ字も読むことすら拒否反応で書く事すらままならなかったのに、英語も80点台が取れるように なっています。
でも、人の物を借りて壊してしまったり、人の物を落としてしまったり汚してしまっても氣にする事ができなかったり、家族が怪我したり調子が悪くても氣にできなかったり、人として相手の事を思うという所が欠けてしまっています。
娘が実父の所に家出を繰り返していた時も、ぼくはふくちゃんに常識を教わって感謝してるから家族として一緒にいるよと言っていたのに、コロナ禍でしばらく遊びに行けないとなると反抗的になって、今は遊びに行けるのに反抗的な態度です。
反抗期は子孫を残す為に家族という群れから離れて自立するために必要なことらしく、息子は反抗期が必要だということだけ中学の頃に言っていましたが、なぜ必要かはわかっていないので、その時も反抗するなら、自分の事は自分でやる覚悟でやりなさいと伝えた事は忘れていやがります。
後に反抗期は自立の為と読んで、息子が中学の時に言った事は間違えてなかったと確信しました。
最近読んだ『そうだ、イルカのように生きてみよう!』という本に、悪役がいてこそ困難がたくさんあってこそ主人公が成長できるとあって、嫌な人が現れたら『来た、来た』と思ってくださいとも書いてあったので、息子が悪態ついたら、『来た来た、悪役ご苦労様です』と思うようにしています。
相手にレッテルを貼って嫌な面ばかり見ていると、嫌な態度ばかりとって敵意のエネルギーをキャッチされてしまい敵意で返されてしまうと、なるべくいいところを見るようにしていると、親しみのあるエネルギーに変わって、優しいエネルギーを送られれば気持ちがやわらぐとも書いてあって、ついイラッとして敵意のエネルギーを送ってしまうので、気付いたら良い所を探して優しい子だというエネルギーを送るようにしたら、普通の態度で会話するようになったりしています。
まだ愚痴っぽくなってしまいましたが、今まで勉強してきた話しもアップしていきますのでよろしくお願いします(。-人-。)
私のように苦手な人がいてどうにかしていきたい方のお役に少しでも立てると幸いです。