絞首刑。
私は死をもって罪を償います。
これは最後に死刑場の前室で書いた手紙です。
私の名前は草伊昌昌。
果たして読める方がいるだろうか?
「クサイ チンチン」
本場中国では昌昌をジンジンと読む地域もある。
父が中国人で母が半分日本人で半分朝鮮人、犬はケニアで拾ってきた。
幼いころからこの名前が原因でひどいイジメにあった。
「お前ちんちん臭いんだろー!」
と、冷やかされるくらいならまだ序の口だ。
酷いときには金属バットで股間を強打され、
「ホームランって言えやこの野郎!」といわれ
泣く泣く「ホームラ~ン!」と叫んだ。
担任教師までもが、点呼の際に噴出してしまうというありさま。
耐えられなくなった私は親に相談したが。
「いじめるやつなんて相手にするんじゃないの、
もっと強くなりなさい!」
と逆に叱られた。
「チンチンって名前のどこがおかしいの
自信を持ちなさい。」
充分おかしい。
自信なんて持てるわけがない。親を心底恨んだ。
僕のは臭くない!臭くない!臭くない!
悩み苦しむ時代が続いた。
今から思えば悩む論点が間違っていたのかもしれない。
ある時私はひらめいた、
臭くないことを分かってもらうには実際に嗅いでいただいて
確認してもらうのが一番だと。
さっそく私は次の日の登校時に
下半身丸出しで元気良くダッシュした。
私はこの時感じた。
なんという開放感!!
こんな世界があったのか。
16歳の春である。
「おらーテメーら散々ばかにしやがって!
ほら見ろ!さあ嗅げ!良かったら握ってみろ!
ちっとも臭くないだろーざまぁみやがれうんこ野郎どもめ!!」
叫びながら猛ダッシュで学校の廊下を我が物顔で走りぬいた。
私の中で何かが切れたのだ。
次の瞬間。
付近にいた生徒が次々と嗚咽を漏らし、数人が気を失って倒れた。
「先生!助けて!」
「のどがぁぁぁのどがぁぁ!」
そうです、本当に
クサイチンチンだったのです。
強烈な異臭が立ちこめ、泣き叫ぶ生徒と必死な教師たち。
便乗し普段は出番のない火災報知機まで鳴り出してしまった。
消防車や救急車、パトカーがかけつけ、近隣住民の「サリンだサリンだ!」の誤報から
自衛隊まで出動し大変なことになってしまった。
気が狂った私はそのまま学校を飛び出したところで捕獲された。
隊員は全身に防護服を身に付け酸素ボンベをしょっていたのを覚えている。
死者行方不明者14541人
戦後最大のテロ事件として日本中、いや世界的なニュースになってしまった。
被害者、遺族の方には心からお詫び申し上げ死を持って罪を償います。
草伊昌昌
下品でゴメンチョ!笑