ブログネタ:移住したい街 参加中あなたならどんな街に住んでみたい?
私なら…
たぶん私なら 【言葉の壁がない街・・ない世界】に住んでみたいなぁ~
たとえ耳が聞こえなくても 話が通じる、、、
声が出なくても お話ができる、、、
そんな世界・街がいいなぁ~~~
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以前のブログに書いたんだけど
ずーーっ以前とあるところの小さな島のお話
ううんとね、、、
『聞こえない人も、、聞える人も、、両方とも手話ができたら 聞える聞えない関係なく お互いに通じ合える』って事だよね。
聞えない人にいくら耳で聞く努力をさせてもそれは難しいことなんだよ。
だから 両方共が 自然に手でお話できるそんな環境が一番望ましいって事なんだよね。
『みんなが手話で話した島』
ここ!! この島では今言った理想が実現されていた場所なんだよ。
『聞える人も聞えない人も 手話で会話をするのが当たり前な所』
今の手話通訳みたいに その時にそこだけで手話で話すんじゃなくて
どこにいても、誰とでも 耳の聞えに関係なくお互いが 無意識に手話で話していた島があったんだよ。
あはっ ちょっと前置きが長いかな
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マーサズ・グィンヤード島 マサチューセッツ州南東部の大西洋岸から8キロほど沖合いにある島。
なんて 言われてもわからないよね(笑)
でもみんなが知っている島だよ。
映画「ジョーズ」って知っている人多いよね。
そう!! 例のでっかいサメが人間を襲うあの映画!!
あの島が この本の島なんだって。
この島では 300年以上にも渡って 先天性のろう者の数が飛びぬけて高い比率が出ている。
これは『遺伝性の聴覚障害が原因』だった。
私の原因と同じだね。
私も両親がいとこ結婚だから遺伝的に難聴がでたんだよ。
小さな島の中で繰り返しの結婚などで 遺伝性の聴覚障害が多く出たみたい。
遺伝学って言うか、統計的には 子供4人生まれたら一人は聴覚障害の子が生まれる可能性が強いらしい。
私は 3人姉妹の末っ子。 未熟児で生まれたんだよね。
本当は もう一人 下にいたらしいけど私でギリギリだったから流れちゃったそうな。
ってことは もしその子が生まれてきていても聞える子だったんだろうな、、、
んでね、だからここで生まれた子は 聾・健聴 関係なくみんなが手話を自然に覚えて育ってきたんだよね。
たとえ親が健聴でも子供に聾が出た場合、当然手話を使うだろう。
さかさに 聾の親から 健聴の子が生まれても やっぱりその子供は親と話をするためには手話を覚えることになるもんね。
なんにしても、ここで生まれた人たちは生まれた時から周りが手話を使って話していたんだから、
なんの違和感も無く手話を覚えて無意識に話して居たんだ。
だけど、今はもう いろんな人がこの島に入ってきて 手話を話す人も激減・・・と言うよりも聾の子供が生まれなくなった。
この本の著者はこの島に来て 島民に昔まだ手話が全盛期だった頃のお話をインタビューして書き残したんだよね。
本の内容によると、お話する人たちはみんなが言うに… 『誰が聾で 誰が健聴だったかなんて それほど意識していなかった』らしい。
「どの人が聞えなかったんだったかな?」 って 考えなきゃわからない感じなんだって。
今と比べたら信じられないよね。
今でも、聾って言うとやっぱりまだまだ少数的な存在だよね。
やっぱ健聴が主の世界だもん。
この島では、結婚だって 聾・健聴関係無しに カップルが出来てるの。
だって 『言葉に不自由があるわけでは無いし、周りだって 誰も聾だからとかそんな偏見も無かった』わけなんだよね。
島民が言うに ただ 耳が聞えない人と聞える人がいるだけ。
この島では単に 背が高い人 デブッチョな人 と同じようなもんで ただ単に耳が聞えない人ってくらいでしか誰もが感じていなかったんだよ。
凄いことだよね、でも これが当たり前の島だったんだよ。
だから、就職とかの問題も無いし 政治なんかの中心にも 聾の人が参加しているのは当たり前。
当然 選挙権もある。
だけどこれを外から来た人たちは 何で「つ○ぼ」なのに選挙権ももたせているのか? などと 言う人たちもいて 島民としては 腹立たしいことがいっぱいあったらしい。
現在でも時としては 親からの遺産相続などが問題になるところもあるんだけど ここではそんなのも何にも関係なし。
それどころか 健聴の人より 財産も持っている人もいるし、農場経営している人もいるんだ。
実際 今でもそうなんだけど、何で聾の人たちの就職が困難なのか!?
それは『言葉の壁』があるから。
聞えないゆえに すこし 知○遅れ的に見られたりもするからなんだよね。
言葉が聞えない為に言っていることが理解できない!! これは 現在でも同じだよ。
うーーんとね、私が この本を読んで凄い!!って思ったのは、、、
みんなが手話ができる・・ってことじゃなくて、
その手話を使うのが 聾者に対してだけでは無いって事なの。
普通 手話を使うのは 聾唖者同士はお互い聞えないんだから 手話で話して当たり前・・・って感じかな。
そして その聾者と 話をするために 健聴者は 手話で話をする。
それが一般の常識だよね。
そう!! ここなんだなぁ~~
ここの島では、たとえ聞える健聴者どうしでも手話で話をするんだよ。
聾者がいなくても聞える人たちどうしでも手話を使って話をしているの。
だから、どの人が聞えてどの人が聞えない人か?がわからなくなっているって言うのは ここんとこなんだよね。
ここは海の上に浮かぶ島でしょ。
だから当然 漁業をしているんだよね。
するとね お互い船同士 連絡を取り合うこともあるでしょ。
だけど 海の上で船の中どうしで 話なんて出来ない… でも手話を使えば話ができるんだよね。
いえ、無線を使えばってのもあるとは思うけど 無線もまだなかなか無かった時代なら便利だよね。
本によると、お互い望遠鏡を覗きながら、片方が覗いている時は相手が手話で話してる。
話し終われば 今度は今話し終えたほうが 望遠鏡を覗く・・・ そんな感じで お互いに漁の捕れ具合とか 天候がどうのとかを連絡しあっていたらしいんだよね。
便利だよね。 どんなに遠くても 話ができるんだよ。
たとえばね、2台の車の中どうしでもお話ができるんだよ。
車の後ろと前とでどこを曲がるとか・・・どこのお店に入るなんてことを走りながら相談したりできるの~
便利でしょ~
それの 船版みたいだよね。 だから、何も聾者だけが手話で話さなくてもこう言う風に 健聴の人たちだって便利なんだよね。
その上不思議な現象があるんだよ。
昔だと どうしても聾学校に行っていも学力不足があったりするんだけどね。
ここの島では、聞える人が聞えない人に 手紙を読んでもらったり書いてもらったりしているんだよ。
1817年にアメリカにはじめての「ろうあ院」と言う 聾学校が設立された。
ここの島の子供たちはみんなそこへ入って勉強したんだよね。
だから読み書きができる聾の子供たちが育ったわけ。
それに 国からの助成金などの援助もあって、普通の健聴の子供が学校へ行くより聾者の子供の方が教育水準が高くなったんだね。
ここの島では子供と言えども家計を助ける為に小さい頃から家の仕事を手伝わなければならなかったから 学校へいける子供対も限りがあったんだね。
昔の日本でもあったよね。
でも聾の子供たちは 助成金などのお陰で島の子供たちが働いている時に
アメリカの本土に渡って数年間の聾学校の寮で勉強に励むことが出来ていたんだって事だわ。
今の社会全体のように、障害者の側だけに適応の負担のすべてを押し付けてしまうんじゃなくてね。
ここの島のように、まがりなりにも障害者に適応できたという事は、 障害をもつ人の権利と障害をもたない人の義務について考えなきゃならないって事だよね。
要するに、みんなが障害を持っている人を受け入れる努力をしてくれれば・・・
簡単に言えば みんなが手話を覚えてくれたら聴覚障害の人たちもみんなと変わらなく社会一般の人と同じようにできるんだよってことなんだよね。
だからみんなが同じように生活できるようになる為には それぞれがお互いに歩み寄っていければ良いって事なんだよねぇ~
言葉では簡単に言えるけど 実際はなかなかなのが世の中なんだけどね。
だけど そう言う努力が無ければ何も始まらないんだよね。
私もこの本を読んで 確かに理想だとは思うけど・・・ 思うけど そうなって欲しいなぁ~って 思うんだよね。
そして外国などでは 手話も言語として認められて ちゃんと教科の中に含まれているところもあるんだって。
子供の頃から 手話が学校で教えられていたらそれが当り前の世界に近づいてくれるよね。
【言葉の壁】がない街・・ない世界・・・
やっぱ こんな世界が良いなぁ~
あっ!
でも 一番良いのは 耳の聞こえなくなるような病気が無くなってくれることが 一番だよね~





