競合を超えるブランドイメージを早急に立ち上げろ


沈みゆく舟を買う・・・・・・

携帯電話事業参入は危険な賭け


その事業拡大スピードは、近年、目を見張るものがある。

ソフトバンク 1

同社はもともと、パソコンのソフトウェアの卸売からスタートした企業だ。90年代半ば、インターネットの草創期には、孫正義 2 の優れた嗅覚で、将来性豊かなIT企業 3 に次々と投資。

その後、ネット社会の到来に伴いソフトバンクグループはIT企業の世界で勢力を伸ばしてきた。

そして、社会のインフラとなる通信ビジネスにも果敢に進出。

Yahoo!BB 4 で旋風を巻き起こし、日本のブロードバンドの普及に弾みをつけたことは記憶に新しい。

そんな孫の乾坤一擲のチャレンジが、ボーダーフォンの買収 5 、すなわち携帯電話事業に参入することだった。

ボーダーフォンは当時、NTTドコモ、auの2大キャリアに顧客数、売上高とも大きく水を空けられていた。

買収は、当時「沈みゆく舟を買う」と社内外から声が上がる程のリスクを伴う、"賭け"。

またソフトバンクのイメージそのものが、携帯電話事業の拡大を阻む恐れさえあった。

ソフトバンクモバイルでブランディングの指揮をとる栗坂達郎 6 も当時をこう振り返る。

「ドコモさん、auさんの親会社は重厚長大なイメージを持つキャリア(通信会社)。

当社はまだ新しい会社ですし、孫のやっていたYahoo!BBのせいもあって、安売りの印象があったんですね。

お客さまが携帯会社を選ぶ際のポイントがいくつかあるのですが、中でもキャリアイメージというものは上位にくるんです。

早急に、他社とは違った格好よさを提案しなければならないと・・・・・・」


1 ソフトバンクグループ

現在、純粋持株会社であるソフトバンク株式会社の傘下に、事業分野(移動体通信事業、ブロードバンド・インフラ事業、固定通信事業、インターネト・カルチャー事業、イーコマース事業、テクノロジー・サービス事業、テクノロジー・サービス事業、メディア・マーケティング事業、海外ファンド事業など)ごとに中間持株会社を持ち、さらにその傘下に事業会社を配置するという三層の組織構造となっている。

売上高:2兆5442億円(2007年3月連結決算)、従業員数:1万9040名(2008年10月)

2 孫正義

ソフトバンクグループ総師。1957年生まれ。16歳で単身アメリカに渡り、カリフォルニア大学バークレー校に在籍中、自ら考案した「音声機能付き多言語翻訳機」をシャープに1億円で売り込み、その資金を元に米国で事業を起こした逸話はあまりに有名。1981年に、ソフトウェアの卸売業を手がける「日本ソフトバンク」を設立し、その後、出版、イーコマース、金融、通信、放送など幅広く事業を拡大し、いまや日本を代表する経営者の一人となっている。

3 将来性豊かなIT企業

インターネットの将来性をいち早く見抜き、まだブレイクする前の米国Yahoo!社に出資。多大なリターンを得る。Yahoo!Japanを設立したのも孫。

4 Yahoo!BB

2001年にスタートした、ソフトバンクのブロードバンドサービス。一般のアナログ電話回線を利用して高速インターネットを実現するADSL技術を利用し、圧倒的な低価格で業界に参入。Yahoo!BBの登場により、ブロードバンドサービスが消費者にとって一気に身近なものとなった。

5 ボーダーフォンの買収

2006年4月、英国の携帯通信会社であるボーダーフォンから日本法人を買収。世紀のM&Aとして世間を賑わせた。

6 栗坂達郎

ソフトバンクモバイル株式会社執行役員。1959年生まれ。2006年に電通より移籍。かつては大貫とチームを組んでソフトバンクグループのブランディングにあたっていた。


志に共感するところからすべては始まった


 ソフトバンクは自社のブランディングについて、ボーダーフォン買収前から取り組んではいた。

 大貫卓也 7佐々木宏 8 からオファーが寄せられたのは、この買収劇から2年遡る2004年の秋。

Yahoo!BBが世の中を賑わせていた頃だった。

 依頼を受けた当初、大貫もソフトバンクという企業についてそれほど深く理解していたわけではなかった。

「最初に仕事の依頼をいただいたときは、

『ん、ソフトバンクって何だっけ?確かIT企業で社長の孫さんは大金持ちで・・・・・・』

というぐらいのい印象。たぶん、世の中の人の多くがそんなイメージを、持っていたんじゃないでしょうか。」

 しかし孫とコミュニケーションを重ねるうちに大貫は強く心を動かされる。

「孫さんにお会いして、この人は通常のスケール感ではないということが、すぐに分かりました。

携帯事業に参入することも聞かされて、これからどんどんソフトバンクは変わっていくんだ、

30年も50年も100年も続くような、未来永劫にわたって認められる大きなブランドにするつもりなんだ、と・・・・・・。

既存の様々な体制に問題意識を抱き、世の中を変えていくぞという強い意志をもっておられる。

それを実現することに参加させてもらうのは、すごくやりがいのある仕事で、意義も大きいんじゃないかと。

孫さんは本当にピュアなんですよ。お会いするたび、子供のように一生懸命アイデアを語られる。

そんな姿勢に僕はすっかりやられてしまったわけです」

 こうして大貫はクリエイティブディレクターとして、主にデザイン面からソフトバンクのブランディングに携わることになった。


7 大貫卓也

クリエイティブディレクター/アートディレクター。1958年生まれ。博報堂出身。新人時代に任された「としまえん」の案件でADC賞を受賞。以降次々と話題作を世に出し「クリエイティブの博報堂」を牽引する。そのシンプルで強力な作風は、佐藤可士和をはじめとする数多くのアートディレクターに多大なる影響を与えている。1993年に博報堂を退社し、大貫デザイン設立。ペプシコーラのボトルキャップ・キャンペーンや、新潮文庫の「Yonda?」プロモーション」、ボトルデザインから手がけた資生堂の「TSUBAKI」など、数々の仕事で世の中にムーブメントを巻き起こしている。

8 佐々木宏

クリエイティブディレクター。1954年生まれ。電通のクリエイティブ局長職等を経て、03年にシンガタを設立。主な仕事にサントリー「ボス」、JR東海「そうだ京都、行こう。」、全日本空輸「LIVE/中国」など。「ソフトバンク」のブランディング、CI、クリエイティブ作業の総合クリエイティブディレクターを務める。


コミュニケーションできるCIで孫正義そのものを表現する


 まず大貫に任されたのは、ソフトバンクグループの、新たなブランドロゴマークの策定だった。

「結局、ソフトバンクの魅力って孫さんそのもの。孫正義自身がビジョンそのものなんです。

だから、それを表現するしかないと。

孫さんはやたらすごい買い物をする人だと世間からは思われていたんでしょうが、だからといって、お金を積んで立派なデザイナーに未来的でスマートなCIを作ってもらうっていうのも、なんだか逆に恰好が悪い」

 孫は坂本竜馬 9 に心酔している。

それは、折に触れて孫自身が公言しており、メディアにもたびたび紹介されている。

金や名誉のためではなく、かの有名な名セリフ「日本を今いちどせんたくいたし申し候」という心意気のもと、明治維新を成し遂げた竜馬に、孫は今の自分を重ね合わせている。

ソフトバンクのCIは、まさにその「竜馬」がもたらした。

 大貫が目を留めたのは、坂本竜馬率いる海援隊の旗印。

「白地に二本の赤の横線という、別に普通の旗なんですが、それを見た瞬間、『あ、答えがあった』と思いましたね。

孫さんが師と仰ぐ坂本竜馬の海援隊の旗印である上に、この形は『イコール』を示している。

つまり、『答えを出す』という行為の象徴。

孫さんはとてつもない実行力があって、坂本竜馬のように、どんどん世の中を変えて答えを出している。

孫正義そのものが、この『イコール』に全部表現されているんです』

今後、ソフトバンクが事業を広げ、世の中にさまざまな商品やサービスが送り出されて他社と競合しても、最終的なこの答えはソフトバンクが出していく。

それだけでコミュニケーションが可能な、極めてシンボリックなCIが生まれた。

「CIはキャッチフレーズぐらい分かりやすい、『一番純度の高い広告』であるべきなんです。

これなら『皆これで世の中を変えて新しい答えを出していこうぜ』という会社の集団としての旗印にもなる。

ずるいくらい、"ど真ん中"なんですよ」


9 坂本竜馬

孫は、起業した直後に肝炎を患い、3年ほど入退院を繰り返した。坂本竜馬に傾倒するようになったのは、その病床で司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んだことがきっかけ。


安くてかっこいいイメージを

黄色で表現する


 こうして生まれたのが、黄色のイコールのソフトバンクグループのCIマークである。

黄色を使った理由を大貫はこう語る。

「海援隊の旗は赤色でしたが、そういう明治維新のような生々しい改革ではなくて、孫さんが挑もうとしているのは、インターネットを使った新しいインフラを広めていくという現代的な革命 10

ライトな感覚を黄色で表現したかったのです。

黄色という色は、暮らしの中でも注意を促すような重要なもの、利便性の高いものに比較的使われる色なんですね。

そのうえ気持ちの明るくなる楽しい色でもある。

僕はそれを使って『軽やかな革命』という意味の旗印にすべきじゃないかと思ったんです」

 Yahoo!BBの価格破壊から、ソフトバンクにつきまとっていた「安売り」のイメージを「安くてカッコいい」というイメージに振るべきだ、と考えてのことだ。

 この大貫のプレゼンテーションを、孫も絶賛したという。その場に同席した、栗坂もこう語る。

「孫社長は大貫さんの提案を受けて、『いやぁ、参りました』と一言。

『一流の方の提案の力というのが、ここまでのものだとは思わなかった』という最大級の賛辞でした。

このCIには当時のソフトバンクに欠けていた、上品さや洗練を訴求する上で多いに助けられました」

 その後大貫の手がけたCIは、ソフトバンクグループがダイエーから買収した球団、ソフトバンクホークスのユニフォームに展開されていく。

 この企業ブランドの宣伝効果を狙った球団の買収も、携帯電話事業に乗り出すための布石だった。

しかしその後、特に大きな新CIのキャンペーンをすることもないまま2006年3月、ソフトバンクは突如ボーダーフォンの買収を発表する。

 買収金額は1.8兆円。携帯電話事業の収入を担保として資金を借りる「LBO 11」(レバレッジド・バイアウト)という手法で資金を調達した。

順調に負債を減らしていくためには、顧客を早急に獲得し、利益を着実に積み上げることが必要になる。

 サービスのスタートは2006年10月。

世界新記録並みにスピーディーなブランディングプロジェントの幕は、突然、切って落とされた。


11 LBO(レバレッジド・バイアウト)

企業買収手段のひとつ。買収対象企業の資産または将来収益性担保にした負債(借入金・債券)を買収資金にして行われる。買収資金の一部または大部分を、自己資金ではなく負債を充当することで、少ない手持ち資金により大規模な買収を行うことができる。一般的にリスクが高い買収手法であるため、高金利であることが多い。またレバレッジド・バイアウトの実施後、調達した資金は買収された企業の負債となる。買収後は負債の比率が高くなるため、これをいかに早く減らすかが勝負と言われる。

10年かかるブランダィングをたった1年で決着させる方法


極めて明快。「ど真ん中」な表現で超・短期間に永続的なブランドを築き上げる。


 三大キャリアが激しくしのぎを削る日本の携帯電話業界。

各社とも顧客の奪い合いが続いている中、予想以上の快進撃を見せているのがソフトバンクモバイルだ。

孫正義が率いるこの気鋭のキャリアは、2006年10月の発足以来、瞬く間にユーザーを拡大し、上位2キャリアを猛追。

いまや世間において、携帯電話=ソフトバンクのブランドイメージはすっかり定着しつつある。

短期間でここまで協力なブランドイメージを築き上げたケースというのは、過去にもあまり例はない。

 その立役者となったのが、広告業界でその名を知らぬものは、クリエイティブ・ディレクターの大貫卓也だ。

大貫はいかにして、この世紀のブランディングを成功に導いていったのか・・・・。

 

1.商品が企画された背景

競合を超えるブランドイメージを早急に立ち上げろ


2.デザイン戦略立案のプロセス

「分かりやすい表現」で存在感を瞬時に伝播させる


3.ヒットの裏側に隠されたもの

オリジナルな価値だけが、ブランドを形作る


4.さらにヒットを加速させるために

経営者のビジョンを無限化し、定着させる