銀閣寺まではバス移動です。
🚌
なんと!最寄りのバス停は4つ (^^;;
1番早く着くバス次第

ここで役立つのがぁ〜OKGoogle
降車したバス停からの道順もバッチリ*\(^o^)/*


朝日を浴びる総門

こじんまりとしているところが•••なんとも言えない東山文化。

総門から中門への参道は•••
石垣の上に竹垣そして椿・樫の木など樹木からなる生垣が特徴の銀閣寺垣がそびえ立ってます。

とても高さのある垣根で5mはあるでしょうか?これは外の世界とを区別し、これから向かう侘び寂びの世界への心の準備をする•••そんな事を思わせてくれる参道です。

受付をすませると拝観券としてお札をいただけます。

銀閣寺ではご朱印は先にお願いして拝観後頂くシステムです。京都でのお寺のご朱印帳は銀閣寺でと思っていたので、ご朱印と一緒にお願いしました。


お色はたくさんあって•••

ひまわりにしてみれば珍しく濃紺をチョイス
銀で描かれた銀閣寺が渋い

そして中門から

庫裡の前の道を歩き宝処関(貴賓客用の玄関)を通って境内へですが•••
お写真お借りしましたm(__)m

一般客はこちらから


門をくぐるとドドドドーン💥

向月台

そして右手には
観音殿

ここで銀閣寺についてお勉強したことをちょっとご披露 (^^;;歴史のお勉強デス

銀閣寺とは•••観音殿(通称銀閣)を含め寺院全体の事を言う。

私たちが認識している銀閣寺は観音殿(東山慈照寺)

もともと•••義政の別荘として建てられ銀閣寺。義政はあまり政には興味がなく、また!恐妻家の日野富子から逃れたく、早々に将軍職を義尚に譲り隠居の身になりこの別荘に引きこもったとか•••

しかし❗️残念な事に観音殿の完成を見ることなくお亡くなりに

その後、義政を弔うため、銀閣寺は相国寺の末寺に改められ、慈照寺と呼ばれるように。

お寺の名前•••慈照寺は義政の法号が「慈照院」であることから名付けられた。


観音殿は二層(2階)建ての室町期を代表する楼閣庭園建築物。鹿苑寺(金閣寺)の舎利殿(金閣)と西芳寺の瑠璃殿(るりでん)を見本として造られたと伝えられている。

一階は心空殿(しんくうでん)、二階は潮音閣(ちょうおんかく)という名前。潮音閣には名前の由来となった観音菩薩坐像が祀られている。

ふぅ〜調べていくと色々なことがわかり•••知識を持って廻ればもっと楽しかったかも見方が変わってきますよね〜

宝処関にあるこの窓

花頭窓

貴賓客が玄関を入ってこの窓からみる、銀沙灘と四季おりおりの景色。窓が枠になり素敵な絵となりお客様をお迎えする。

なんて計算された作りなんでしょう

宝処関を玄関だと知らないでただ通っただけだったひまわり勉強不足でした。



さて•••この風景銀閣寺の代表的な風景
手前に銀沙灘・奥に向月台と観音殿
この銀沙灘と向月台は、白川砂(しらかわすな)と呼ばれる京都特産の砂が使われている砂盛り。

どちらも義政の時代からあったものではなく、江戸時代初期に建物や庭が改修された折りに造られたそうで、造られた理由は定かではないとか•••

しかし!これら両方とも「月」に関係しているのではないかと言われてます。


向月台•••人が頂上の部分に座って、正面に見える月待山から月が昇ってくるのを待つための展望台のようなものだという説。

胡座をかいて待っていたのでしょうか?なんて雅な時間

銀沙灘•••中国の西湖をイメージしているとされる銀砂灘は一見すると平地に見えますが、厚みがあります。

この白川砂は反射率が高く、月の光を反射して方丈を淡く照らす効果があると言われています。

江戸時代に間接照明的な発想すごいですね。


そういえば•••洗月泉という山肌から湧き出る小さな滝と小さな泉が境内の南東部にあるのですが、その名前の由来が、泉に月が映し出された時に、月影がさざなみで揺れ、その姿がまるで、月を洗っているように見えることからだそうで

そして、義政が名付けたと言われる月待山⛰🌙

銀閣寺の本当の美しさは月🌙によって見出されるのでは?

夜の拝観は出来ないので頭の中で、月灯りで照らされる観音殿・方丈を思い浮かべる•••質素や静かなものに奥深さや美しさを見出す「わびとさび」を思いながら

金閣寺が豪華絢爛で太陽☀️・銀閣寺は質素倹約で月🌙この言葉に妙な説得力があると思ったのはひまわりだけでしょうか?



御朱印デス
中央には参拝した寺院の本尊名・観音霊場であれば観音名が書かれているのが多いですが、こちらのは建物の名前・観音殿と書かれています。

では!次は哲学の道を歩きながら🏃‍♀️南禅寺へ向かいます(#^.^#)