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難病だけど。

vEDSです。ただいま充電中。

 その後から現在までのことを書いてみます。

自分、元々ドライバーの仕事をしていたので、

そちら方面で働いてみることにしました。

2024/11/1から、

葬儀会社の故人搬送の仕事です。

まず、3種類の業務があります。

寝台車と霊柩車の運行とエンバーミングの送迎です。

24時間365日、休みなしの交代勤務です。

依頼が来るまでは、ボケっと事務所待機です。

 

①寝台車の運転。これは、依頼が入った場合に、

葬儀施行担当者と二人でお迎えに行きます。

大体、病院、老後施設、自宅、警察署等です。

そして、ストレッチャーに移乗して、車に乗せます。

これが大変、小柄な人から大柄な人まで、

基本、二人で運ぶのですが、最大180kgの方がいました。

この場合は遺族、医療者、関係者の方々にも手伝ってもらいます。

そして、葬儀会館もしくは自宅までお送りします。

 

②エンバーミングの送迎。これは、故人の損傷がひどい場合、

若しくは御遺族の要望で御遺体の体の一部を見映えよくする

作業のために作業所までの送迎をします。

 

③霊柩車の運転。これは普通に葬儀後、火葬場まで故人を運ぶものです。

 

私は2025/02/28まで勤めました。

仕事をしていて、

まず大変だったのが、ストレッチャーで故人を運ぶことでした。

家が狭かったり、2階だったり、エレベーターのないアパートの上階だったり、

私自身は、両手親指亜脱臼してるし、握力は弱いし、苦痛でしかありませんでした。

何度かストレッチャーの操作を誤り、故人を落としてしまうこともあり、

その時は、すごく怒られました。当然ですけどね。

 

でも、他人様とはいえ御遺体を直接、扱うことはいい経験でした。

多くは、病院、介護施設の御老人、老衰、病死の方ですが、みなさん、

何か、ほんと、ほうっとしたお顔で、魂が抜けちゃったんだなという感じです。

あと寝込んでしまった結果、膝や足首が固まって曲がらない、

糖尿病で足の指や足首がない方など様々な方を運びました。

他にも、警察署では、水死体や自死で亡くなった方もいました。

損傷が激しい方でも、エンバーミングでかなり改善されてました。

働いていて唯一よかったことは、子どもの故人を運ばなかったことです。

御遺族のことを考えるととてもつらかっただろうと思います。

 

今日はここまでで、また書きます。

 

久しぶりに書きます。

無職で引きこもりなので、

SNSでもいいから、どこかに社会的な繋がりがないと、

精神的によくないので、独り言だけど、

だれか読んでくれているのかと思うと、

少しは気分が晴れるのかな。

以前の障害児童福祉施設を退職してから、しばらくは失業給付金で生活してました。

その後、サービスをする側ではなくサービスを受ける側(利用者として)で働いてみました。

IT関係の仕事で、A型の事業所。

1日6時間勤務で時給900円。

・PCで、web上の簡単なデータの検索&入力。

・スマホ(iPhone,Android)のビジネスアプリのテスター。

をやりました。10カ月。

スマホの操作、細かな設定には慣れたけど、なんか違う。

そしてまた、放課後等デイサービスの仕事。

以前は、支援校中高生相手でしたが、今度は普通校小学生がメイン。

公園などでの外遊びについていけない。

鬼ごっこで息切れして追いつけない。

野球、サッカーでもボール拾いで精いっぱい。4カ月。

あきらめて、以前やったことのあるLPガス充填所の仕事に戻ってみました。

しかし、こちらも撃沈。

50kgのプロパンガスを詰めたガスボンベは90kgの重さです。

これを一日中、充填所内を転がして移動します。

夏場で500本、冬場の繁忙期で1500本。

2週間で精根尽きました。

 

いったい、自分には何ができるのだろう。

もう選択肢が残り少ないです。悲しい。

 

6月いっぱいで、仕事を辞めました。
知的障害児の療育と言うのをやっていました。
理由は、色々ですが、やはり自分の体力がないのが、
主な理由です。

相手は知的障害や発達障害の子どもたちで、
身体はいたって健康そのものです。
小学1年生〜高校3年生までの子どもたち。
時々、彼らと公園や体育館などで、
遊んだりするのですが、もうしんどいです。

持病の影響か、肺機能検査で肺年齢90才の私には、
彼らと鬼ごっこをしたり、バトミントン、サッカー、ダンス……
すぐに息切れして、続きません。

そんなわけで、コロナ&猛暑もあるし、
しばらく、家で充電します。
次は、何をするかな?じゃなくて、
何ができるかな?だけどね。