あっという間に12月ですね。

 

今日は千葉市民ギャラリーのとなり「旧神谷伝兵衛別荘」

について少し紹介したいと思います。

 

 

私がヘルパーになって最初に担当した布団やさんのご夫婦が、

 

この地域に住んでおり、何度かこの地域が(今では国道14号の

あたり)まで海岸だった。

 

と、よくお話されていました。

 

子供の頃は、浅間神社の一の鳥居⛩️のところまで砂浜で、

学校の休みの日にはよく潮干狩りに来ていたそうです。

 

国道沿いには、有名な「手打ちそばせんげん」というそばやが

 

あり、よく来ていたのですがそこに一の鳥居があります。

(現在は惜しまれながら閉店しました)

 

 

 

先日は、たまたま近くのコストコに買い物に行った帰りに

 

国道14号から、いつもは素通りしていた千葉市民ギャラリー

 

を見つけて、入ってみることにしたのです。

 

 

この辺り一帯の詳しい地図や、隣にある

「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」を知ることになります。

 

 

 

わたしがお年寄りから聞いた話は本当で、明治、大正時代

 

にはこの辺り一帯は東京から近いということもあって、別荘

 

や、今で言うサナトリウム的な目的の稲毛海気療養所があった

 

そうです。

 

閉館時間17時も近いので、とりあえず、ギャラリーの隣

 

にある、「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」の参観させていただきました。

 

 

 

ギャラリーの入り口のきれいに整備された池では、

 

鯉の餌をいただくこともできるらしくうお座うお座うお座

 

 

餌やり体験してる方もいらっしゃいました。いいな〜

 

 

隣の神谷伝兵衛稲毛別荘に移動します。

 

 

 

なんと素敵な外観です〜ラブ

 

 

このあたりが海岸に近いこともあり、庭には松の木やしの木

やシュロの木が植えられています。

 

 

入り口🚪からこの素敵な外観で、持ち主が何回も

入れ替わっているというのに、とても綺麗に手入れ

されていました。

 

 

私は神谷伝兵衛さんは、存じ上げないのですが、

なんでも日本のワイン🍷王と言われた方

なんだそうです。

 

 

以下、詳しくは、市民ギャラリーのサイトから

 

↓

 

日本のワイン王といわれた明治の実業家・神谷傳兵衛の別荘として大正7年に建てられた洋館です。当時、母屋のある木造雁行型の和館とゲストハウスの洋館が隣接していましたが、洋館のみが残り、一般公開しています。

 

全国的にも希少な初期の鉄筋コンクリート建築で、大正12年の関東大震災でも崩れることなく今に残りました。

神谷伝兵衛は、浅草の電気ブランの「神谷バー」や茨城県ワイン醸造場「牛久シャトー」の創始者として知られ、生涯を日本人のためのワインづくりに捧げた人物です。

 

 

 

明治14年製造の蜂印ぶどう酒

 

輸入ワインにはちみつなど入れて、日本人に好まれるように

調整したワインだそうです。

 

 

浅草神谷バーや、牛久シャトーは私でも、聞いたことが

あります。

(牛久シャトーは現在は牛久市が運営しているようです)

 

 

 

 

 

建物の内部も細かく、学芸員の方に説明していただけます。

 

ちょうど見学していた中国人のおばちゃん(日本語ペラペラ)

 

がたくさん写真を撮っていて、私に全部見せてくれるんですよね〜

 

いい感じにお友達になりました。しっぽフリフリ

 

 

  それでは今日はここまで、

 

今日もお読みいただきありがとうございました。