アメブロ始めたキッカケは癌になったから。
まだ日記的なSNSが主流で
夜中にツラツラと書きなぐった記憶がある。
いちばん辛かった時期。
子供が高校に入ったばかり
父が亡くなり
母はアルツハイマーを患っていたので
継兄が母を実家から追い出して
実の娘である私が引き取るしかなくなった。
結局後で弁護士に世話になる羽目になるが
父の形見分けもこれっぽっちもなく
病気の面倒だけは見させて
ひとつの相談も話し合いもなかった。
両親は兄家族と同居していたから
ずっと兄家族を面倒を見てきたのに
弱くなってからはずっと虐待されていた。
動けるうちに私の家に
引っ越せるように準備していたが
何としても自分の家に最後までいたかったようで
叶わなかった。私が毎日様子を見に行くしかなかった。
高熱が出ても救急車を呼ばなかったため
父は亡くなった。許さない。
父の葬式が終わると
母はていよく追い出され2度と帰らせて貰えなかった。
初めは近所だから行き来していたが
アルツハイマーなので帰れなくなり
警察の世話になることが増える。
その頃の私は仕事が猛烈に忙しく
朝8時半から23時過ぎまで働き詰め。
休みもクライアントに呼ばれたりして
2ヶ月以上休めない日々が続いていた。
合間を縫ってPTAの役員をやったり
母の事で警察や病院に行ったり
本当に苦しい数年を過ごしていたなあ。
仕事は絶好調だったけど
会社が常にゴタゴタしていて
パワハラとセクハラが横行して辟易していた。
月曜日はFMラジオの生放送があり
何があってもすっ飛んで行かなきゃならない。
ズミさんとの掛け合いは楽しかったけど
その時間仕事に当てたかったのも事実でした。
東北の震災の時には静岡市代表で
福島のいわき市にボランティアに行った。
両親からは止められた。
危ないところにわざわざ行くなと。
私は阪神の震災の被災者だよ、だから行くんだよ。
理由をつげてもわかってもらえなかった。
その後2013年社員旅行の沖縄で倒れて入院。
1年後に癌がわかりました。
それからは闘病ブログが始まったという訳です。
あれから
10年
長いような短いような
いや、あっという間だったかな。
闘病しながら
母の看病
パートナーのw不倫
裁判
子供の就職
どうせ死ぬんだ
何でもやってやろう
そう割り切れてからは
NEWSのLIVEも
野球観戦も
仕事へのチャレンジ
やれることは心置きなくやる
そう決めて生きてきた。
生きろ。
ほんとに、それなんです。
闘病生活はかなり落ち着いて
癌に関しては昨年寛解。
免疫の病気についてはお薬で
ボチボチ付き合っていくしかない。
今はXやインスタで
直ぐにつぶやけるし
楽しい事中心だけど
本心ぶちまけるのは
やっぱりここなのかもね。
10年の自分を振り返って
ブログ読んだら
結構感動する文章書けてて
その時の真剣さに胸を打たれてます。
これからも頑張れよ、私!