戦前の学者、思想家らが予定していた日本の民主主義社会とは、ある種、半農奴制的階層社会からの
解放であったろうし、また国家社会主義的な秩序ある流動性のある階級社会の実現ではなかったのか。
ところが案に違い、敗戦後米国の民主主義の理想をモデル化された日本の戦後社会は、かねてから存在していた、日本人の唯物史観を具現化させ、経済復興は実現されたが、世界からエコノミックアニマルと揶揄され、規格化、画一化された安価な大量生産品を輸出し、外貨を稼ぐ産業立国となることを余儀なくされた。
国内の社会においても、知的生産性や迅速的事務処理的能力をはかる難関の一流大学受験は我国や新産業
立国において顕著であろう。そして、家父長制の崩壊、核家族化、繁栄の関東一極集中等、現代日本の
まことに心なき、理念なき所は、数々の弊害をもたらす。大衆、庶民はかならず、政治が悪いと批判を
くりかえすが、庶民的な日々の利己主義的な志向にこそ、それらの功罪が介在するのではないのか。
平坂貴美雄 政治経済文化研究所

平坂貴美雄 政治経済総合研究所のブログ
太宰治の文学も戦前の文学に含まれると思う。芸子や戦争未亡人との心中、青森の大地主の生家に対する反発。帝国大学の仏文時代には、担当教授への反抗的な文章が目立つ。彼の小説のなかで「走れメロス」は読みやすい単純なストーリー構成であるが、確かに西欧の近代知性に、唯一人間性に対する信頼を描いたといえる。また、女性との心中は、戦前の男尊女卑の慣習を反映しており、戦後の民主的で、男女平等の理念に反する。従来、太宰は、世俗的な人間に立ち迎えない弱い人間として評価されていたがその後の文学者らの自殺(川端康成、三島由紀夫)は、戦前の古い価値観から、戦後の米国的民主主義、自由平等社会への移行に対する反発があったのかもしれない。

最後の武士 三島由紀夫

三島由紀夫氏の生い立ちを取材した、映像フィルムを視聴した。
彼の幼年期に最も影響を与えた人物として、祖父である平岡定太郎氏とその妻、夏子に最大の焦点が当てられていたのだが、定太郎が、樺太庁長官を疑獄事件で退官し、それ以降は、ひたすら闇の世界で世俗的で旺盛な人間慾に従って生きなければならなかったのは、旧支配階級の出である、祖母夏子の軽蔑を買い、それらの反動的行動として、幼少の三島由紀夫を彼女のコンプレックスの奴隷に、扱ってしまったのではないかという、制作側の番組編成の意図は、わかりやすい。
三島氏は予てから、江戸期における「武士道」の精神を研究し、その模範を躬行していたことは容易に認められる。また、三島氏の日頃の演説からわかるように、生に対する拘りを
独自の、「英雄的な死生観」に例えることが多いと見受けられる
また、三島の作品には、「仮面の告白」にみられる、主人公の女性的感性からくる、
男性的肉体美への憧憬、「金閣寺」にみられる、美の崩壊への哀切、「鏡子の家」では、
メリーゴーランド方式で描かれる、主人公たちの現代的退廃による古い道徳感の崩壊が、目の当たりにできるのでは
ないか。こういった、三島由紀夫の作品群から推察できる事は、三島氏の自決は、多分に個人的な美意識による拘りが多いとは言え、唯一昭和の時代と「寝た」芸術家であることに、自ら陶酔した日本人作家として、確かに正しい方向に向かったと云えるのではないか。