2006年9月~2007年3月まで、川崎市の不妊専門ではないNクリニックで、2ヶ月くらいタイミング治療が失敗だったので、人工授精を5回しましたが、HCGをガンガン打ち、自力でできていた排卵さえできなくなり、通院すればすぐ授かれると思っていたことも重なり、疲れて転院を決意しました。
妊婦さんと一緒の病院だということもあり、精神的にも技術的にも満足いく治療ではありませんでした。
2007年4月~錦糸町の不妊治療で有名なIクリニックに転院しました。人工授精からのスタートでしたが、なんと2回目の5月に妊娠しました。ただ心拍も弱くあまりよい状態ではありませんでした。9週で卒業となり、紹介状もいただき一安心だと思っていました。
ところ4日後、婦人科に行くと心拍が止まっていますとのこと。何も考えられないくらい悲しくて、涙も出ませんでした。信じられなくてNクリニックへ確認にいきました。完全にパニックでした。
ダンナにしか言っていなかったのですが(安定期までは親にも秘密にしておくつもりでした。)、大泣きしながら母に電話をしました。「病院に一緒に行くよ。」といってくれました。
間違いのはずもなく、翌日Iクリニックに行き診察を終えて、やっと実感がわいてきました。
手術は明日になりました。ダンナと「3人で寝るのは、最後だね」と話しました。初めてダンナが泣くところを見ました。私は一晩中泣きました。
翌日、二人してパンパンにまぶたをはらして、病院に向かいました。私はとても冷静でした。
看護婦さんに「内容物を見せてください」と言いました。エコーのように、ヒトのカタチをしていると思ったからです。でも「かきだすので、かたちはありません」といわれました。やりきれない思いでした。
麻酔がきいて、起きたらすべて終了していました。ただおきたらものすごく寒くて、悲しくて、ダンナに会いたいと言ったら「男子禁制」といわれ、ベッドで泣きました。
それから1週間は安静でした。急遽から有給をとり、することがないからまた泣く、という生活でした。
予後も出血が十分でなく、もう一度無麻酔でかきだされました。
先生が「はい、もう何もないから平気ですよ」と言いました。
何もないと言う言葉が、胸をえぐりました。
暗くなってしまって、すみません。