『婆ちゃんご飯よー。』
夕食時に孫が私を呼ぶ。

『はいー。』
と一応気のない返事をし、ひと呼吸、ふた呼吸、しばらくしてからたいぎそうにダイニングへ向かう。

ドア持って面倒臭そうに開け、それでもテーブルに載ったおかずのチェックは怠らず、ドスンと座ろうと椅子を引いた瞬間、手が止まった。


座布団の上に食品が入っていたであろう、ビニールのパッケージが裏返して置いてある。


これは嫁か孫が何か食べた空袋をわざと私の椅子に置いたんではないか。
一瞬のうちに色々な考えが頭をよぎり、サッと周りを見渡す。

嫁、孫は普通の態度に見えるが見せかけなのか。

こういう時には黙っておく訳にはいくまい。
やはり一家の大黒柱、指導者としては、見逃すわけにはいかないだろう。

声を張り上げる準備で息を深く吸い込み、ことさら大きな動作、音を出し、光より速く裏返しの空袋を表に返して、
『この○○のゴミは誰が置いたんね‼︎』




と言うつもりだったが、息を飲んだ。






私が食った。
私がみんなの留守中に食った、さきイカだった。
どういう経緯で、そこに辿り着いたのかは分からないが、確かに私が食ったイカでした。





嫁がチラリと見たがそれには反応せず、速やかに目立たぬようスッと空袋を横に裏返して置き、気配を消してご飯をかっ食らった。
誰よりも速く食べたら、また右手で目立たぬよう空袋をつまみ、食器と共に流しへ運ぶ。


そして、ゴミ袋の中に音を立てぬようスッと奥へ押し込む。
任務完了だ。



自室に戻って安堵のため息をつく。




そのため息すら聞こえぬよう、テレビの音量を少し上げた。









常識、上質の塊である私。 
当然、生活の随所、行動から発言にまで表れている。
ちょっとしたことにも気を抜かない。

それは、家族に対してもそうだ。
今では成長して自らの意思を伝えているから出番がないが、昔は孫の気持ちに成り代わり、息子や嫁に伝えてやることもあった。


上の孫が小さい頃、毎晩夫婦2人がかりで泣き叫ぶ幼子を抱え歯磨きをしていた。
その泣き声が私にはこう聞こえた。


『ばあちゃ~ん、歯磨きはイヤだよ~。助けて~。』


まだ『まんま』位しか喋らないが、そういう気持ちは伝わって来る。
やっぱり私しかいないのだ。


自室から叫ぶ。



『泣かしてまで歯磨きしちゃりんさんなや~。』


自分の声に驚く。
孫を助けてやりたい、お前らの育児は間違っている。

そんな想いが私の腹から勢いよく雄叫びとなり、口から溢れ出した。
余りの迫力にビックリしたのか孫の泣き声が止み、しばらくして孫が私の元に歩いて来た。


目に涙の跡が…。

よしよし恐かったな。
と心でつぶやいた。

今日の事を彼はきっと覚えているだろう。



それから、私の意気込みに恐れをなしたのか夜の歯磨きの回数が減って行った。
私が育てた息子の判断だろう。
母さんが言ってるんだから間違いない。



しばらくして、孫の奥歯にキラリと光る銀歯が2本。
ニッコリ笑うと丸見えである。


孫の歯が弱いのは、嫁に似たのだろう。
それについては追及しないことにした。


真実は闇の中に…。

私の生きる術である。

上手く立ち回り、誰にも真実は悟られないように生きて来た。

まず目立たないところを狙い、人目につかないように失敬する。
誰かが気付いた頃には、知らないフリをしておけば誰も私を疑う事は無い。
孫達のうっかりで無くしたとか、息子が食べたとか、そういう事になるのだ。

そういう生き方を同居してからずっとしてきた。

孫達の文具、嫁の文具、ハンカチなど、日常生活でいる物があれば、こっそり失敬。

しばらくは目につかないところに隠し、ある程度の時間が経つと堂々と自室に置いておけば良い。

聞かれても、
『買うた』
この一言で大丈夫なのだ。

それが、大丈夫じゃない事件があった。

ある日、私はお昼にカップラーメンを食べた。
これも、ちょっくら失敬した物だった。
絶対バレないよう細心の注意を払い、1番小さくて目立たないのを選んだ。
大きな容器のだと、すぐにバレることを私は知っている。
今までで何度も成功している。

食べ終わった容器はすぐには捨てず、ゴミの日まで自室に保管、もしくは嫁が仕事に行って家に誰もいない時に、ゴミ袋の底の方に隠して捨てる。
今回は、次の日の嫁が仕事に出掛けた時に処分する事に決めた。

しばらくして嫁が帰宅。
いつものように、ただいま帰りましたと言われても無視。
平常心が大切だ。

突然嫁がやって来て、
『お母さん、ラーメン食べた⁇』
と言って来たのだ。

とっさに、
食べた…と口が動きかけたが、


『借りた』


顔は堂々と、ドヤ顔で。


嫁は怒ったのか、行ってしまった。
たった1つのラーメンを食べた位でケチも甚だしい。
ええ加減にせえよと私も腹が立って来た。
だが、一応返しておこう。

それからしばらくして息子にこの事を話したところ、嫁はラーメンを食べたのを怒ったのではなく、いつも何でもバレなきゃいいと何でもパクっていた事に怒っていたと聞かされた。

今までの失敬失敬がバレていたとは…。

もう忘れかけているのだが、色々あったのをどの程度知っているのか…。
ちょっと恐くなってきた。

以前、ハンカチを自室に置いていた時には、
今畳んだけー持って行こうと思ったんよ。
と上手く逃げられたが、今回ばかりは。

先日失敬した⚪︎ちゃんヌードルを2つ程、台所の見えやすいところに、そっと置いておいた。

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