千葉(大多喜)の方で、時折、走ってはいたが、梅雨空の合間、今度は地元の多摩川沿いで久しぶりにマリオ(自転車)をこなすことが出来た。快晴・既に夏に至った(とも思われる)追風も爽快。緑の草木・青い空・白い雲…… と常識的な描出が続くが、しかしそんな平凡な記述の方が、かえって、地上での走行の心地よさを、おそらくは十二分に、理解・感得させるのではなかろうか。
そして……
「久しぶり」のせいか、出発の時には気にもかけていなかったのに、途中から妙に気になってきたのが、例の「遺失・物」である。遺失した物の「その後」である。
1)「稽古まわし」の勇姿が、奇妙な連想で又も、傍(かたわ)らに浮かびあがってきてしまうが、実はそのオジさんとはまったく無縁な、古い家の、玄関の外壁に沿った「小さな・潔(いさぎよ)い」庭は、その後、予想どおり、その愛らしい姿を消してしまった。既に完全に、もとの家じたいも無くなっていたのである。
代わりに、おそらく建売住宅であろう、二階建ての小さめな白壁の家が、何と、二棟、「何事もなかった」かのように、まったく同じ(大きさの)敷地の上に、新しい姿を・露わに・「そびえさせていた」。
いや、「そびえさせていた」などと無理な表記を残そうとしたのも、私の心理のなかに一種の「僻(ひが)み」が染み付いていたからに違いない。あるいは、「小さな・潔い」庭を今でもいとおしむ、敢えて言えば「嫉妬」のゆえであろう。実態としては、「そびえさせている」と形容するほどに「大きい・豪華な」家では、全然、ない。ただ単に、新たにモダンな体裁が整えられ・住み心地を良くし・(昔風に言えば:「小市民的な」)瀟洒な家屋として、(私にしてみれば)突然・現れ出ただけ、のものである。まあ、もちろん、非・個性的であったとしても、本人たちが喜んでいるのなら、外から敢えてとやかく言うべきものではない、のである。
にもかかわらず、前を通り過ぎながら私は、「あの小さな・潔い庭はどこに行ったのだろう……?」と、きわめて散文的に問わざるを得なかった。
甲斐のない祈願が、風に乗り青空に飛散していくだけ、とは知りながら……
2)「居酒屋」さんの方は既に4軒までに「縮小」されていた。
言うならばこの4軒だけが、「最後の砦」として、辛うじて今後も、活動を維持できそうな気配である。「不幸中の幸い」かもしれない。ご同慶の至り、と喜んでもいいのかもしれない。
とはいえ、心理の実態を明らかにするのは、そんなに簡単ではない。
敢えて今後を展望してみると……
外野席からの観察にすぎないが、「長期にわたる営業」というような楽天的展開は、なかなか、期待できない気がする。悲観的にすぎるかもしれないが、冷静に見通せば否定的な・苦しい見通ししか、見込めないのではないだろうか。
その証拠に、今日実際に見た印象であるが、三階建の駐車場とかマンション、事務所など、無機の冷たいひかりを沈めたコンクリート壁の総体が、あっというまに、いわば音を立てて居酒屋群の間近にまで押し寄せてきて、スピード感溢れるコンクリのその進出によって、まったく新たな脅威が・即物的に・大量に生み出されてきてしまった、ように感じられるのである。
居酒屋群の方が数量的に優位な時なら、何も気にすることはなかった。だが現実には、今や居酒屋たちの方が「異質の少数派」となってしまい、その場の「雰囲気にそぐわない」存在と見なされはじめた、ように感じられるのである。
私自身は気分的に居酒屋側に立っているつもりなので、誰が何と言おうと、居酒屋が「その場にそぐわない」存在である、などとは、絶対・断じて・認めたくない、のであるが……
でも確かに……
「夜の情熱」として「居酒屋・空間」が持っていた・奔放な・風通しのよい・豊かな広がりは、「昼間の法則」に基づく規制に追いやられ・無残に押し潰され・閉鎖されてしまったような気が、しないでもないのである。
(応援団長が率先して萎えていて、どうする!!!)
ひょっとすると、「何となく、自分の居場所ではない」という感覚が、4軒の店に集うご常連さんの間にも、浸透し始めているのではないか、などと懸念される。夜空に光る裸電球も、かつては固有の暖かさを確保していたのに、コンクリート壁があたりを席巻し事務所が居酒屋を包囲し始めると、かつての人間的な「嬌声・哄笑・柔らかな笑み」を失い、あたかも、硬化し・冷えこんだ雰囲気のなかの、硬い雹(ひょう)のように、みずから・寂しげに・孤立しつつ・固まっていくだけ、のようなのだ。夜の帳(とばり)とともに、当たり馬券の気勢も気前のよい冗談も失われ、連れ立っての爆笑など、思い出してみればいつの頃であったか、あたりの空気も湿りがちで、ひょっとすると、至るところに、古びた建物の残骸が、徐々に・無残に・寂しくコンクリ詰めされて、あちらこちらに投げ捨てられ放棄されていく、そんな悲惨な運命を迎えるかもしれない。
つい最近までは端から端まで稲穂が揺れていた農地も、いつのまにか、土地の有効利用(手頃な収入手段?)と称して、ソーラーパネルで覆い尽くしてしまう、そんな「農村」の姿が、そこに重なってくるようでもある……
3)残されたのは、タチアオイ……
幸い私のタチアオイはやや体を斜めに落としてはいたが元気に真っ赤な花を艶やかに光らせて立ち続けていた。足元まで目を落とせば枝分かれの数もはっきり分かっただろうけれど、上からざっと見たところではおおよそ20本の茎が梅雨の終わりを待ちつつ、まだまだ力強く太陽を直視し、むしろ勝ち誇った面構えを見せて立ち続けていた。
紅とか臙脂にちかいこの赤色を梅雨空のもとのひかりの投射として私は特に好んでいるが、しかしそうだからといって他のもっと薄めの儚(はかな)い桃色の花弁などが、すぐ傍に控えていてその身体を緩やかにひらめかせているのも、嫌いなわけではない。
そして気のせいか今年私は「頑健で骨太な」タチアオイが自分の体の動きを抑えているかのようにことごとく、背後に自身を向けて・意図して耐えて生き続けている、そんな姿のものばかりを見てきたような気がする。そんなに自身を抑制する必要など当のタチアオイが考えているはずもなく、もちろんそれが私自身の姿勢の反映でないことは、これは花を見ると見ないとに関わらず先験的に自明であるが、しかし梅雨の終わる頃までのおそらくはあと数週間、十分にあでやかで気品があってそれでいて慎ましやかな姿を見せるこのタチアオイが突然の変容を決行しないとは誰にも断定できないとすれば、そう、未来の透視について冴えきった感覚の持ち主である赤のタチアオイは夏のさかりの到来寸前にギラギラと陽の落ちる地表におもむろに自身の影を落とし静かにゆっくりと自身の長い身を横たえていくことになるのであろう。荘厳な生き方そのものの証明として。