我が家のプリンス つよしくん
4月3日 0:20頃
お空へお引っ越ししました
家族にお迎えした時は、4年生だった長女かりん
そして、2年生だった次女りんご
始めての健診でかかりつけのクリニックに行った時は、Dr.の聴診すら横で怯え
「つよポン
がんばれ
」
と応援していた姉妹は、昨日、点滴2日目のつよポンを抱っこする姉と、運転する妹は、職場から先回りして受付した母(つまり私)の後に到着し診察に同伴
翌日も点滴にこれる?と問うDr.に
「来ます。必ず来ます。」
と力強く宣言する頼もしい頼れる大人に成長してました
先週急に食べるのが遅くなっただけで、元気だった、今週に入って食べられなくなり、処方薬も内服出来なくなり、それでもレントゲンでも心臓も肺も悪くなってないと言わしめた つよポン
一昨日から歩けなくなり
でも、受診する為に早退して来た私が到着する頃に車の音が聞こえたのか、ふらつく足でリビングのドアの前で待機してたって聞いた
暫くは耳も遠くなり反応も鈍かったはずなのに
シリンジで飲めていた水分も受け付けなくなり
でも、点滴と心臓のお注射で手を尽くしてくれたDr.が居るから大丈夫だと思っていた
思いたかった
夕方に小さなてんかん発作があり、18時に大発作
泣きながら声を掛ける私達家族に応える様に息を吹き返し、ずーっと無口だった分を取り返す様に
小さく吠え続け、家族の会話に参加しつつ
夜は、つよポンを迎えた夜の様にリビングのテーブルを取っ払い、マットを敷き、布団を持って来て
つよポンを取り囲む様に雑魚寝で様子見
浅く小さな呼吸ではあるけれど、落ち着いたね
そんな風に会話をして
「明日も朝から点滴だから、早く寝て一緒に起きるよ」
なんて言い合いながら、各々、つよポンの手を握ったり、頭をくっつけたり、背中を撫でていたら
身体をのけぞらせては戻りを繰り返す事、数回
パニックになりつつ、長女が叔父に電話
実家の家族は一歩間に合わなかったけれど、娘達と3人で見送る事が出来た
大発作の時とは違って穏やかに、お空に軽々と
ひらりと駆け上がった感じで、あまりにあっけない様な、でも泣き虫な私達に配慮の塊みたいな...
昨日の同時刻だったら、夜勤の長女は立ち会えなかったし、数時間したら日勤の私が立ち会えなかった
3人が揃った時間、そして、つよポンを迎えてから15年ずっと、しなくては!と思っていても出来ずにいた
いつか来てしまう その日 への覚悟
出来ていない事を見透かしたカレは、私達家族に心の準備の時間まで授けてくれた
尚且つ、伏せったのはたったの数日
あまりにも、カッコ良過ぎないか?
可愛い顔も、無口なとこも、甘えん坊なとこも
名前に負けてる?って思わせて笑って頂いて来たカレは、体を表す
まさに、つよし という名前に相応しい生き様で15年を颯爽と駆け抜けていきました
来月の2日が16歳の誕生日だった
それを目標にして私達が支えて来た気持ちに応えるように、3日になるまで頑張ってくれた
別れを惜しむ実家家族を見送り、3人でつよポンを囲み
長女「ウチらの1番幸せなカタチで見送れたよね」
次女「幸せだったよね」
そんな娘達をここまで立派に成長させてくれたのは紛れもなく つよポンだ
つよポン
家族になってくれて、ありがとう💕
ずっと大切、ずっと大好き
これからも、ずっと一緒だよ💕

