昨日って言った方が正しいけどオーバーな気もするけど昨日。



誕生日でした。

22歳になりました。


ママが

あたしのママになって22年目。


パパが

あたしのパパになって22年目。



二人とも年取って

子供も年取って。



パパはあたしが生まれた時間あたりにいつもメールしてきます

「麻里おめでとう。22年目の今頃生まれたかな」って。



泣けてくる。

こうしたちょっとしたこと

覚えてるパパ。



そして妹からのプレゼントが最高でした。



ボールペン。  



ドキドキ


そして一緒に入っていた手紙。


これに涙しました。



鈴木家は

素直になれない気質が集まっているので

素直になる時は、on手紙。



障害を持った妹は

きっと家族のだれよりも

悲しくて苦しくて寂しくて辛い思いを経験してきただろうから

我慢強くて負けん気が強い。

そして、素直になるのが苦手。

すぐ強がってしまう子。

それを、あたしはわかっているから

妹に責め立てることは絶対しない。


妹は、素直になるのが苦手だから

あたしの手紙を読んで泣くことが多いとママに言われた。


「辛い時、ほんとはね・・・と話してみてほしい」

「悲しい時、あのね・・・と話してみてほしい」

「苦しい時、ちょっと・・・と言ってほしい」


ちょっとした言葉をかけられると

人間ってほろっと崩れるというか


そんな瞬間を妹に作ってあげられなかった姉として

とっても反省しているわけでして。


今回の手紙に


麻里からの手紙とか、おでかけの誘いとか、一緒に買ったものとか、色んなこと覚えてるよ。

生まれてきてくれてありがとう。




こんな言葉に涙が止まりませんでした。


そして彼女が、教えてくれた、ママから妹にあてられた手紙。

かつてあたしがあげた手紙と一緒にしまわれてた手紙。



ママは

「お姉ちゃんの手紙を読んだ時、泣いていたね。辛い時、悲しい時、誰かに打ち明けてほしい。我慢をすることが美しいとは限りません。家族は皆、えりが大好きだよ。」


と記していました。



ママの本音をあたしは一度も聴いたことが無いと思う。

それほどあたしとママはぶつかり合う。

だから、こんなママの言葉に

ほんとに涙が止まらなかった。

ママ、こんな風に考えていたんだなと22年目に気付いた。

わかっていたつもりがわかっていなかったんだなと気付いた。

なんか凄い悲しかった。切なかった。

ママも、えりなと同じくらい色んな喜怒哀楽感じてきたんだなと思ったら

なんか凄い胸にこみあげてきて

親友に電話した。



親友は、外出先だったにも関わらず

涙をこぼして、最後に

「麻里生まれてきてくれてありがとう」って言ってくれた。



なんか毎年色んな形の誕生日を迎えて

一年ごとに、生きてて良かった。とか思っている。



ふふドキドキ


明日は、4年ぶりに予備校時代の友達とランチドキドキ