前の記事に書いた
友人について書こう。
仮名Aにします。
Aに出会ったのは
11年前の9月です。
私たちが小学4年生の時でした。
Aの第一印象は
アトピー肌に泣き顔です。
Aの口癖は、
『お母さんに会いたい。』
でした。
私たちの出会った場所…
それは、病院なのです。
大阪府にある呼吸器系の有名な病院で
県外からの患者も多かったです。
そこで出会うのですから、私ももちろん病人。
病名は、気管支喘息です。
今は結構喘息持ちもいますが
この病院で長期入院する
喘息患者は相当重病なのです。
私もその1人でした。
Aに出会う3ヶ月前に私は初めて短期入院しました。
夜中、発作が出て意識が朦朧ていました。
何となくだけど薬を飲まされて
救急車で運ばれて
処置室で吸入したのは覚えてるんだけど…
次起きたら病院のベットの上。
点滴繋がれて、酸素マスクつけられていてた。
退院して2ヶ月後また短期入院。
後日、両親が呼ばれて面談が行われた。
その後主治医に
『長期入院に切り替わったから、3ヶ月頑張っていこう。』
そう告げられた。
その後1ヶ月後Aが入院して来たのです。
まあ、この話しは追々
書いていきましょうか。
書けば長くなりますから…。
先日は、Aと11年前の入院時代の思い出をしみじみしました。
大人になったのかな、私たち。
友人について書こう。
仮名Aにします。
Aに出会ったのは
11年前の9月です。
私たちが小学4年生の時でした。
Aの第一印象は
アトピー肌に泣き顔です。
Aの口癖は、
『お母さんに会いたい。』
でした。
私たちの出会った場所…
それは、病院なのです。
大阪府にある呼吸器系の有名な病院で
県外からの患者も多かったです。
そこで出会うのですから、私ももちろん病人。
病名は、気管支喘息です。
今は結構喘息持ちもいますが
この病院で長期入院する
喘息患者は相当重病なのです。
私もその1人でした。
Aに出会う3ヶ月前に私は初めて短期入院しました。
夜中、発作が出て意識が朦朧ていました。
何となくだけど薬を飲まされて
救急車で運ばれて
処置室で吸入したのは覚えてるんだけど…
次起きたら病院のベットの上。
点滴繋がれて、酸素マスクつけられていてた。
退院して2ヶ月後また短期入院。
後日、両親が呼ばれて面談が行われた。
その後主治医に
『長期入院に切り替わったから、3ヶ月頑張っていこう。』
そう告げられた。
その後1ヶ月後Aが入院して来たのです。
まあ、この話しは追々
書いていきましょうか。
書けば長くなりますから…。
先日は、Aと11年前の入院時代の思い出をしみじみしました。
大人になったのかな、私たち。


』