)自分がやってきたことを書いておこうと思ってたけど、なんとなく書きそびれてました。
南三陸町で一週間、ボランティア活動に参加してきました。
1ヶ月経つと言うことは一番参加者が多いと言われていたGWに行ってたんですが…
帰ってきたら、どんなことやったとかこういう物が必要らしいとかすぐに書くべきかと思ってたけど、いろんな作業や活動に参加して少しは役にたてたかなって気持ちやまだまだやることいっぱいだしあの惨状を目の当たりにして被災したあの場所に住んでいる人たちの心情や復興までの果てしなさを考えると、自分の無力感を感じずにはいられずなんて書くべきか分かりませんでした。
実際に行ってみて体力も必要だけど、それ以上に気力がいるというか暇があればどんどん行ってあげたいけど、充電時間も必要だなぁ…っていうのが一緒に行った友人と同意見でした。
現地で行ったのは支援物資の仕分け(衣料品を中心に男女子ども別サイズ別と分けてフリーマーケットみたいに並べ1人1袋分好きなものをもらっていけるイベントの準備)、そのイベントの店員的活動、炊き出し、瓦礫の中から見つかった写真の手入れ、病院での荷物整理でした。
行くまでは、泥かきや瓦礫の撤去がメインかと思ってたからシャベルや長靴など必要そうな物は持参して行ったけど、私が行ったときは泥かき以外の仕事が多く、あっても男性ボランティアの方が多いから私たちに回ってくることはなさそうでした。
逆に、女性ボランティアが少ないから女性限定で募集されている仕事に優先的に派遣されました。
活動の中で感じたことは、物資の仕分けはホントに大変!箱の中身は同じ種類の物を入れるようにし、中身が分かるように外側に書いておく。これが出来てないと開けたら欲しいものじゃなかったとか、色々揃ってるけど、分別が大変だったり正味1人分にしかならなかったり…送る際にはと、呼び掛けられていたことはこういう労力がかからないための事だったんだとあらためて分かりました。
私たちが行くまでの間にどれくらいの衣料品が支給されたのか分からないけど、私たちが開けた箱のほとんどが冬物の衣料品。
震災直後に送ってくれた物資の中にはあの時期まで開けられなかった箱も多かったようで、もらいに来た人たちの欲しいものとはズレてしまっていたことも残念でした。
それでも、欲しいものは人によって違うから選べたり、避難所生活ではなくて貰いづらかったという方にも気兼ねなく参加してもらえたのは良かったなぁと思います。
炊き出しは、昼御飯にBBQをする準備でした。
フリーマーケットもBBQもGWだから少しでも楽しい企画を、ということで考えられたようでした。
私たちは、1週間だけだけどいつもと違って食事はレトルトやパンなど、車中泊3日テント泊3日、正直しんどかったです。
でも、1週間後にはまた元の生活に戻れることが分かってるから耐えられました。
逆に、避難所やかろうじて残った寝られるだけの家で過ごしてきた人たちのストレスは大変なものだとも思いました。
だから、少しでも気分転換になったり、楽しめる企画を考えられていたんですね。
写真の手入れは半日しかお手伝いできなかったけど、瓦礫の中から見つかった泥にまみれたり、水に浸かってしまった写真をできるだけ持ち主の元に返せるようにする作業でした。
お子さんの赤ちゃんの頃の写真、娘さんの結婚式の写真、家族や友達との旅行の写真、卒業アルバムなどあったので、たくさんの人や物を失った人たちの手にこれらが戻ったらきっと喜んでもらえそう…そう思うともっとたくさん作業したかったです。
病院での荷物整理も写真や炊き出しなどの活動もこれから完全復興までの道のりを思えば、ほんの少し足しになるかどうかの内容ですが、現地の方に『是非また来てください』って言われました。
確かに、たくさんの力が必要だなって感じたしそれを同じメンバーだけでこなすのはとても大変だと思います。
だから、たくさんの人が交代で継続して手伝っていけるのが理想だと思います。
私も、間は空いちゃうと思うけどまたお手伝いしに行きたい!そして、一緒に行った友達といつか復興完了の姿を見届ける記念旅行を計画しよう!と話してます。
GWが終わったら行こう
って新たに楽しみの目標を作って仕事や日々の糧にしてました

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