タイトルからはちょっと感動的な話を想像しますが、まったく違います
あとデリケートな話題なので、言葉の選び方が間違ってたらすみません
長年の不妊治療の末、妊娠。最初はとても嬉しかったのですが、しばらくすると『流産するかも』という不安でいっぱいになってしまいました。そして流産の不安を抱きながら次に訪れたのは『もし子供に障害があったら・・・』という不安でした。
今年から導入された『新型出生前診断』のニュースを新聞やテレビでよく目にするので、イヤでも情報は色々入ってきます。ネットで『高齢出産』と検索するとすぐに『染色体異常』の文字が出てきますし。
愚かな事かもしれませんが、障害を持った我が子を可愛いと思えるだろうか?と悩んでしまいました。子供が出来たら、あんなことしたい、こんなことさせたいという漠然とした夢がすべて断ち切られてしまうんじゃないか、とか。
そういった気持ちの問題については実際起こってみないと分からないので答えは出ませんが、検査を受けるか受けないかについては3ヶ月考えて、答えが出ました。
わたしはこの検査は受けないことにしました。理由は3つ。
まずは、もしも異常が見つかった場合わたしは胎児を中絶する事が出来るのか?という問題。
答えはノーでした。
具体的に、病院へ向かう自分・手術台にいる自分・その後の自分、を想像してみました。無理だと思いました。(もちろん人それぞれ考え方や状況が違うので、これが正解というのではありません)どうせ生むのなら検査は必要ないんじゃないか。
もうひとつは、この検査で分かる『染色体異常』というのは障害の中でもごく一部であるということ。
染色体に異常がなくても、そのほかの障害を持って生まれる事もあれば、生まれてからなんらかの障害が見つかる事もあるし、事故や病気等で障害が残る事もあるかもしれない。
高齢ゆえに、その部分に特化して調べるという検査ですが、障害ってそれだけではないので、生まれてみないと分からない部分が沢山あるのだな、と。
あともうひとつ。ちょうどこういったことを考えていた時に、たまたまテレビでダウン症の人達を取材した番組を観ました。取材されていた20代の男性は、支援のある施設で一人暮らしをし、ケーキ屋さんで働いていて、働く事の喜びを語ってらっしゃいました。
その方がアメリカのダウン症大会に出席して、現地のダウン症の人達と交流するのですが、その中には同じ様に働いている人、大学に進学した人等もいました。
障害といっても軽度~重度さまざまでしょうが、こんな人達もいるということを知り、少し不安が解消されました。
結果。わたしはこの検査は受けない事にしました。もしも生まれた子に障害があったとしたら、それは、その時に考えよう。決して無責任な意味ではなく。
そして昨日たまたま、義母と義姉が家に訪ねてきました。夫は仕事で留守で、直接言いたいかな~と思いつつも、もう今週中には話すと決めていたので、わたしから二人に妊娠の報告をしました。
二人ともとても喜んでくれました。
話の流れで、『高齢だと障害を持った子が生まれる確率が上がるらしいと聞くのでちょっと不安もあったり。。。』と言うと、義母はすかさず『それはしょうがないわ。そうなったらそれはそれで運命だから』と言いました。とても明るく。
わたしはこういう人が義母でよかったな~と思いました。
その日の夜、わたしの実家にも電話をして同じく妊娠報告をしました。
初めに言っとくとうちの母はとても世間体を気にするタイプ。
そして以前わたしが病気の子猫を拾った時には『保健所に連れて行け』と言ったような人です。(猫は今も元気で家にいます♪)
わたしが妊娠したと告げるやいなや、『高齢なのに・・・』の一言。
その後出てきたのは、『今、染色体の検査受けれるのがあるでしょ?あれ受けた方がいいんじゃない?』でした。
わたしはその問題について考えた結果を話しました。が、なんだか不服なようでした。
最終的には『二人で決めたんなら何も言う事ないけど、じゃあ身体に気をつけて』とまったく心のこもってない言い方で言われてしまいました。
結局『おめでとう』も『よかったね』も、そういった言葉はまったくないまま
高齢出産をする娘がどうも気に入らないようです。そしてわたしと同じく、テレビなどで観た『出生前診断』の情報から、『高齢=染色体異常』が刷り込まれているみたいです。
元々性格があわないところがあるのですが、今回またまた母との溝が広がったように思います。
親に喜んでもらう為に子供を望んだわけではない。でも元気なうちに孫の顔をみせられたら、とはずっと思ってました。どうやらそれは娘のエゴだったのかもしれません。
まあ今更お互い母も娘も取り替えられないので、つかず離れずやっていきますけど。
でももしもわたしに娘が生まれて、その子がわたしと同じ様な立場になった時には、義母の様に『そうなったらそれで運命よ』と明るく言える母親になりたいな~と思ったのでした。

あとデリケートな話題なので、言葉の選び方が間違ってたらすみません

長年の不妊治療の末、妊娠。最初はとても嬉しかったのですが、しばらくすると『流産するかも』という不安でいっぱいになってしまいました。そして流産の不安を抱きながら次に訪れたのは『もし子供に障害があったら・・・』という不安でした。
今年から導入された『新型出生前診断』のニュースを新聞やテレビでよく目にするので、イヤでも情報は色々入ってきます。ネットで『高齢出産』と検索するとすぐに『染色体異常』の文字が出てきますし。
愚かな事かもしれませんが、障害を持った我が子を可愛いと思えるだろうか?と悩んでしまいました。子供が出来たら、あんなことしたい、こんなことさせたいという漠然とした夢がすべて断ち切られてしまうんじゃないか、とか。
そういった気持ちの問題については実際起こってみないと分からないので答えは出ませんが、検査を受けるか受けないかについては3ヶ月考えて、答えが出ました。
わたしはこの検査は受けないことにしました。理由は3つ。
まずは、もしも異常が見つかった場合わたしは胎児を中絶する事が出来るのか?という問題。
答えはノーでした。
具体的に、病院へ向かう自分・手術台にいる自分・その後の自分、を想像してみました。無理だと思いました。(もちろん人それぞれ考え方や状況が違うので、これが正解というのではありません)どうせ生むのなら検査は必要ないんじゃないか。
もうひとつは、この検査で分かる『染色体異常』というのは障害の中でもごく一部であるということ。
染色体に異常がなくても、そのほかの障害を持って生まれる事もあれば、生まれてからなんらかの障害が見つかる事もあるし、事故や病気等で障害が残る事もあるかもしれない。
高齢ゆえに、その部分に特化して調べるという検査ですが、障害ってそれだけではないので、生まれてみないと分からない部分が沢山あるのだな、と。
あともうひとつ。ちょうどこういったことを考えていた時に、たまたまテレビでダウン症の人達を取材した番組を観ました。取材されていた20代の男性は、支援のある施設で一人暮らしをし、ケーキ屋さんで働いていて、働く事の喜びを語ってらっしゃいました。
その方がアメリカのダウン症大会に出席して、現地のダウン症の人達と交流するのですが、その中には同じ様に働いている人、大学に進学した人等もいました。
障害といっても軽度~重度さまざまでしょうが、こんな人達もいるということを知り、少し不安が解消されました。
結果。わたしはこの検査は受けない事にしました。もしも生まれた子に障害があったとしたら、それは、その時に考えよう。決して無責任な意味ではなく。
そして昨日たまたま、義母と義姉が家に訪ねてきました。夫は仕事で留守で、直接言いたいかな~と思いつつも、もう今週中には話すと決めていたので、わたしから二人に妊娠の報告をしました。
二人ともとても喜んでくれました。
話の流れで、『高齢だと障害を持った子が生まれる確率が上がるらしいと聞くのでちょっと不安もあったり。。。』と言うと、義母はすかさず『それはしょうがないわ。そうなったらそれはそれで運命だから』と言いました。とても明るく。
わたしはこういう人が義母でよかったな~と思いました。
その日の夜、わたしの実家にも電話をして同じく妊娠報告をしました。
初めに言っとくとうちの母はとても世間体を気にするタイプ。
そして以前わたしが病気の子猫を拾った時には『保健所に連れて行け』と言ったような人です。(猫は今も元気で家にいます♪)
わたしが妊娠したと告げるやいなや、『高齢なのに・・・』の一言。
その後出てきたのは、『今、染色体の検査受けれるのがあるでしょ?あれ受けた方がいいんじゃない?』でした。
わたしはその問題について考えた結果を話しました。が、なんだか不服なようでした。
最終的には『二人で決めたんなら何も言う事ないけど、じゃあ身体に気をつけて』とまったく心のこもってない言い方で言われてしまいました。
結局『おめでとう』も『よかったね』も、そういった言葉はまったくないまま

高齢出産をする娘がどうも気に入らないようです。そしてわたしと同じく、テレビなどで観た『出生前診断』の情報から、『高齢=染色体異常』が刷り込まれているみたいです。
元々性格があわないところがあるのですが、今回またまた母との溝が広がったように思います。
親に喜んでもらう為に子供を望んだわけではない。でも元気なうちに孫の顔をみせられたら、とはずっと思ってました。どうやらそれは娘のエゴだったのかもしれません。
まあ今更お互い母も娘も取り替えられないので、つかず離れずやっていきますけど。
でももしもわたしに娘が生まれて、その子がわたしと同じ様な立場になった時には、義母の様に『そうなったらそれで運命よ』と明るく言える母親になりたいな~と思ったのでした。