術後、あと少しで3年。
娘のロングショートも同じく3年弱
最初は、私の術後の経過をみて、半年位で在宅に戻る予定でした。
なのに、
コロナ禍のためにショート先から慣らしの一時帰宅が許されず…
それが1年になり、
1年半が過ぎたとき、
ショート先で楽しく過ごす娘に会うたびに、入所を決断する時だと感じました。

ここからまた在宅に戻るとなると娘の生活は一からになるんだろうなぁ〜と。
娘の自立を30歳までにと考えてもいたので、在宅に戻ってもまたすぐに生活が変わることになって娘の負担になる。
今、目の前にあるその自立も、一度在宅に戻ると行き先がない現実が待っているxxx
いろんな方向から考えたけれど……
まだ決断できませんでした。

2年がきた2022.11月
やっと決断しました。

市役所での入所申請手続きでは、第3希望まで記入する欄があるのですが、娘が今いてる施設一択で申請しました。

入所申請から半年が過ぎた頃、
空きが出たので大阪府へ申込みしていいですか?
と市役所から突然の電話にあたふた。。
少しだけ時間ください。と間抜けな返事をしてしまいました。。
申請したのだから連絡あるのはわかっていたし、まだ申込みだけで決定ではないのにね…。

2週間後、市役所から決定連絡がありました。
手続きが完了する1ヶ月後に入所となりました。
緊急枠でロングショートだったのもあったのか…
3桁の待機があるだろうに…
少し気持ち複雑です。

娘が成長にするにつれ、娘の将来の不安が大きくなってきていました。

できることは、
誰のお世話にでもなれるように
ショートの練習をすること!
多くの方のお世話になること!
娘の取説を作ること!

しかなく…
それだけはしていました。

そんな時、
私が病気になることと、その不安がトレードされました。
この成立は、
私から娘の将来の不安を払拭してくれました。

「私と娘のために起きたこの流れ」
娘を安心して託せる場所が決まり手術に挑め、
私の命が助かり、
そして、娘が赤ちゃんの時からの看護師さんが私の話を聞いてくださり、
フォローくださり、
私の心のうちを支えてくださり、

私自身コレで良かったんだと思えるようになってきました。

こんなトレードが成立しないと、重心の子どもの将来の不安がなくならないなんていう福祉は、
「福祉」ではないと思います。
先日、府の福祉課の方とお話しする機会がありました。重心のための施設があることだけを認識し、満床で利用できない現状を全く、把握していませんでした。その後、府の福祉課、府議会でもこの現状を把握していただくようになっています。
箱があっても溢れていては無意味なのですから!

私1人がblogで声をあげてもムダとは考えず、
私1人でも発信すれば何かに繋がる気持ちで書かせていただきました。

次回、入所できても…いろいろあることを書きます。