今頃?と思ったが、
そこには理由もあった。
彼女の悩みは数々あれど
詰まるところは同じだった。
大きな意味で言えば
外を見る
外を意識する
ことにあった。
そして、犠牲的になる。
私も大変、犠牲的な生き方をしてきた。
何故ならば、そういう体験をしたからだ。
そういう体験をしたかったからと言った方がいいかもしれない。
その幼少の頃も、外を見た
見続けた。
それは、自身を守る術だと思い込んだ。
今になって、環境や事柄が違えど、同じことだとわかる。
その感覚が痛いほどわかる。
彼女には何度か話したことがある。
けれども、どっぷりと浸かったまま。
久しぶりの友は、昨年はまさに動乱であった。
孤独なのだ。
私は言葉を送った。
too much
自分をまず、取り戻して!
そうなれば家族も取り戻せる。
その意味の本質は伝わっていないかもしれない。
そのループから抜け出して欲しい。
彼女は、長い間、自分を殺して生きている。
イキイキとしたあの頃に戻って欲しい。
彼女が大丈夫と言う度に、我慢という蓋を落とすのだ。
もうそろそろ手を放して。
いい、悪いは三次元、四次元だという。
五次元にはいい悪いは存在しない。
もっと軽くなる




手を放せば、軽くなって上がっていけるに違いない。










