四月から新しい環境になり、3ヶ月。
新しい習い事を始めてみたり、自宅でも色々やってみたりして、2ヶ月が過ぎ、その間に三歳になり、色々色々、本当に色々と、私もあれこれ考えていました。
仕事で出会うたくさんの多様な子どもたちと、自分の子ども。
自由に育てたい気持ちと、自分の理想。
3歳になって、自分の仕事の中に娘がどんどん近づいてくると共に、余計にその狭間で考えることが増えているように感じました。
意思の強い娘。
自分の考えがはっきりしているからこそ、私とぶつかることも多く、どこまで自主性を尊重し、どこからが躾なのかと悩むことも多くなりました。
枠にはめたくないという想いから、社会のルールそのものを疑問に思うこともあったり、でもルールは必要だと思い直したり、もう毎日一秒一秒の判断が迷走中(笑)
近頃は頑としてやるべきことをやらない時もあり、私も忙しさが続いてイライラしてしまい、思わずほっぺたをペチンッとしてしまったことが…。ガミガミ言ってしまうことも日常。
職業柄、こんな時どう対応するのか?のいわゆる知識はしっかり頭に入っているのに、なのに、できない。
ブログできちんと受け止めて、諭して、叱って、と、書いてるママを見ると、自分の母としての至らなさに落ち込んでしまう。
そんな中、とある小学校の元校長先生とお話をする機会がありました。
大尊敬する、声だけでもなぜか泣けてくる先生で、年間何百本もの講演をこなされている方。
その偉大すぎる先生が
「自分の子は見ちゃだめですよ。そりゃあできません。自分の子じゃなくて、周りの子を育てるんです。」
と、私に。
保育園なので、まだ具体的に私が周りの子に関わるタイミングはあまりないのですが、自分の子を見すぎると、それは今の私のような状況になるから、思い切って手放せということ。周りの子を育てたら、その子の中で育つ自分の子どもは自然と育つと。
週末の習い事の面談でも、先生から同じことを言われました。
「自分の子は、目をつぶるんです。見ていないことにする。じゃないと楽しめないわ。」
たくさんの子どもを見ているだけに、理想がどうしてもできてしまうから。だから見ないようして、でもチラチラ気にする。完璧に出来なくていいのは勿論だけど、理想から自由になれば、自分の子どもとの今を楽しめるようになると。
本当は、それってどこかで、分かっていたつもりです。でも、できない。それもジレンマの1つになっていました。
ただ、今回人生の先輩であり、実際に同じ葛藤をしてこられた方に改めて言われると、ドシンとした安心感がありました。
世の中の多様な価値観を持つママたちに引っ張られずに、自分のオンリーワンの子ども・子育てにもっと自信持っていたら良いのだなと。
愛情を持って、唯一の味方でいてあげれば、細かいことなど、本当はどうだっていいはず。それをよく私は知っているはずなのに、できなかったんです。そんな自分の事を、他人から言ってもらうことでハッとしました。
3歳児、悩むことも多いけれど、同時に真っ直ぐに言葉や行動で感情表現してくれて、本当に可愛い時期だなぁと思います。
可愛いくて可愛いくて仕方ないなぁって、最近毎日思うようになりました。
なんだかこの時期を過ぎたら、もう本当に子どもになって、お話もちゃんとして、大人になっていく気がして、今のこの時間が愛おしいと思っているんですよね。
これも言われたこと。
「詰め込んでないですか?自発を待つんです。
でもそれは、大人の気づかないところにあったりします。」
そうだった、、、、、、
毎日の仕事と照らし合わせると、認識していることばかり、であるどころか、私が伝えている言葉だったりします。
そう思うと、学び気づくことが多く、私は人間としても、働く女性としても、母になって良いことばかりです。
日々は現実だから、テキトーをもっと大事にしたら、本質が見えてくるのかなと考えているこの頃です。
さて、今日も学校にイベント準備に出張準備。
楽しく行こう!


