という映画を勧められて見ました。

といっても一ヶ月以上前のことですがwwあせる


科学者の方が研究されてて、祈った時と祈らなかった時では病気の改善データが明らかに違っているとか!!


人が考えていることって波動というか電波というかのようなものが出ていて、相手にちゃんと伝わってるんですってひらめき電球


やっぱり!って思いましたがすごいですねアップ


愛ってちゃんと伝わるんですねラブラブ


渋谷のUPlinkという小さな映画館でしたが、まだやってるのかな??

すみません。。

ご復活おめでとうございますブーケ2


今年は四旬節に合わせて苦しいことがたくさんでしたが

そのおかげでたくさんのことを教えていただきました。


それはどんな時にも感謝と賛美クローバー


今まではいいことがあったとき、神様ありがとうございます!

いやなことがあったら神様どうか取り除いて助けてください、

と言っていました。


マーリン・キャロザーズさんの著書を読んで、

どんな時にも悪いと思われる状況の時でさえ、

神様は最善をなさっているのだから

そのことを感謝し、主を賛美すると書いてありました。


聖書にもいつも喜んでいなさい、すべてのことに感謝しなさい

と書いてあります。


それは知っているけど、でも苦しいし、いやです!

と思っていました。


以前私は怪我をして突発性難聴になり、右と左の耳が半音程度違って聞こえました。

聴覚過敏もあり、きつい音色は耳が受け付けませんでした。

もうピアノを弾くのも無理かもしれないと思いました。

大好きなメンディサバル神父様(去年ご帰天なさいました)に相談したら

いつも喜んでいなさい、全てのことに感謝しなさいとおっしゃいました。

とてもできませんと言いましたが、にっこりと大丈夫です、とおっしゃいましたので

それならそうしてみようと思い、

その何日か後にはほとんど良くなり、今では何の問題もありません。


こんな経験をさせていただきながら、まだ不平不満だらけで

でも神様は私にもっと信頼するようにとつらい状況を

そしてその解決方法を教えてくださいました。


本当にどんなことも益としてくださるのですから、

感謝と賛美ですドキドキ


皆様の祝福をお祈り致しますチューリップピンクニコニコ

今日は三河島教会でのマザーテレサの修道会の黙想会に行きました。

今年は色々な黙想会に行く機会があり、

とてもたくさんのお恵みをいただきました。ラブラブ

苦しいことがたくさんあったので、もう神様に頼るしかなくて

お聖堂のご聖体の前にいること、神父様のお話を聴くこと、

とにかくイエス様の近くにいることが支えでした。


そして、今日教えられたことは

神様はとにかくどんな状態でも

ご自分に信頼してほしいと思っていらっしゃるということです虹

いいことがあったから感謝ではなくて、全てを与えたいと思っていらっしゃる神様に

そのまま感謝と賛美をクローバー

どんなにつらく先が見えないときでも、そんな時こそ感謝と賛美ですチューリップピンク


ベル黙想中にうかんだことベル

この世は愛されたい人ばかり

心の一番の暗闇を見られないように隠して

でも、そこを本当は愛してほしい、受け入れてほしい

それが見つからないように、自分で何とかして変えて

完璧にならなければ愛される資格がないと思っている


でもその暗闇は

自分で何とかするのではなく

神様が働いてくださる為

それを良いものとして使われ、変えてくださる

栄光をあらわされるため


神様の望みはご自分に信頼してくれること

どんな状況でも

完全なる信頼を持ってくれること

そうすれば喜んで与えてくださることができる

私のものは全てお前のものだとおっしゃって下さる

(放蕩息子の箇所の黙想)



†ルカ15章11~32節

「ある人に、ふたりのむすこがあった。

ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。

そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。

それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、

そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。

何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。

そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。

彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。

そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、

わたしはここで飢えて死のうとしている。

立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。

もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。

そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、

その首をだいて接吻した。

むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。

もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。

しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、

指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。

また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。

このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。

それから祝宴がはじまった。

ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、

ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。

僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、

父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。

兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、

兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことは

なかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。

それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、

そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。

すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。

しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、

喜び祝うのはあたりまえである』」。