12月23日頃から
咳が出始め
血痰も出ていて
年末にはかなり苦しそうで
すぐに病院に行った時には
酸素濃度60%程にも下がってる
時もあり即入院
この日からもうお家には戻って来れず
最後になるとは
本当に思いもしなかったよね
入院してからは鼻に酸素のチューブを
通していて呼吸が楽に
なったと言っていた
肺炎を治すにはステロイドを投与
するのだれけど
ステロイドは食欲増進するので
全然食べられなかった日から
やっと食べられるようになったと
頑張ってご飯食べてるんだと
言ってた
そして中々退院しないなーと
思ってた矢先
1月10日朝
がんセンターから電話
急いで向かって
久々にママを見たけど
もう鼻酸素ではなく
口での酸素マスクに
なっていてかなり辛そうだった
朝、鼻血と血痰が止まらず
正直危ない状況ですと
伝えられ
嘘でしょと思いながら
涙が止まらなかった
写真撮ろうと言ったけど
ヤダと言われて
こっそり撮った一枚
もう話すのも辛そうで
筆談で話してたくらい
トイレ行くのも一苦労で
かなり呼吸が荒くなっていて
本当にこの時死んでしまうんじゃ
ないかと内心思った
本当に見てて辛かった
コロナで面会がダメだったが
今日いた担当医の先生が
僕が今日担当なので
本当は1日1人しか面会
NGだけど身内の方や来たい人
いたらと言われたんだ
そのあとはママと話す時間を
くれたけど何を話して
いいか全然頭が回らず
ママは銀行の話や
お金がどこにあるとか
の話してたな
朝大変だったけど少し落ち着いて
きたのか、
昼食がきて
酸素マスク外しながら食べると
体重10キロ近く減ったから
頑張って食べるんだと
ハーハー言いながら
頑張って食べてた涙
でもこんだけ食べれれば
大丈夫だよね!と一緒に
来ていたママの妹と話した
一度私は帰るから
妹と弟連れてくるねと
病室を出てまた夕方来たんだけど
その時はもう面会が1人15分のみ
と言われて
こんな状況でもそんな厳しい
んだと思った
私は2回目会ったけど
ママの前では、もう泣かないと決めた
あまりその時の記憶が無く
もう時間ですと言われて
部屋を出ようとした時に
手を差し伸べてきて
手を握ってくれと
こんなに指細くて
手冷たかったっけ〜と
思った
そして涙を堪えるので必死だった
最後病室を出る時バイバイと
手を振ったけど
どこか辛くて寂しそうな
表情だったのを鮮明に覚えてる
手を差し伸べてきた時も
あーもっともっと長く
握らなかったんだろうって
久々に手を繋いだから
恥ずかしいのもあった
時間なんて気にせず
もっと握ってあげればよかった
抱きしめてあげればよかった
ハグなんて反抗期の中学生くらいから
しなかったなぁーと
なんであの時しなかったんだろう
だってもう一生
触れられないのにね
これは現実?と
ふと毎日思う
こんな辛いこともう人生で
ないと思う
本当に今更後悔ばっかり
これ書いてて涙止まらない
一人で毎日夜涙が止まらない
皆んなが寝静まった頃
ふと寂しくなって
泣かない日はない




