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アンチエイジング研究所 茉莉花のブログ

整体、ストレッチ、気功など経て、2015年に川崎の隠れ家サロン、アンチエイジング研究所茉莉花(まつりか)をオープンしました。2017年には代々木店がオープンいたしました。
スポーツ後のメンテナンス、QOLの向上のためにやっていただきたいと思っています。

皆さん、こんにちわ☆

ついに10月に入りました!

コロナの影響で今年はステイホームで、最低限の仕事と、家にいるか神社参拝に行くかの、2択でした。

きっと人生最後の日に、あの2020年を境目に私の人生はさらに豊かになった、と思うような気がします。

とにかく自分自身の感受性がとても豊かになり、愛猫の幸せそうな表情や、人の幸せそうな表情を見ていると、涙が出てくるようになってしまいました笑

10年前までは、自分がこんな風になるなんて考えもしませんでした。

自分自身が幸せだと、人の幸せにも涙が出てくるようになります。

本当の幸せは、全てのことに対して、感謝ができ、幸せを感じられることだと思っています。

決して感謝しなければいけない、と言う気持ちではありません。

本当に自然に、感謝の気持ちが湧いてくるので、感謝の押し売りでもありません。

私も人間ですので、例えば旅行先で故意的ではなかったとしても、ぶつかってきて謝らなかったりすると、凄くイライラしたりします。

そして、そういう人間にはならないようにしようと、心に決める訳です。

でも、それを反面教師にしないとどうなるか?

自分もそれをやってしまう訳です。

それでは、人としての成長がないまま、同じことを繰り返します。

全て自分の目の前に起こっていることは、自分に試されてる訳です。

感謝や幸せのレベルが上がると、反面教師にできるようになります。

前振りが長くなりましたが、今回の神社はこちらです^^





神田神社です。

境内の中にある檜造りのカフェも、とても素敵でした☆
この日は、神社に行った帰りが土砂降りの雨でしたが、今のところ、神社参拝しているときに雨にあたることがほぼありません。
雨の神社も嫌いではないですが、私は写真や動画を撮るので、やっぱり晴れている日にキレイに撮りたいなと思うのです^^
大切なのは、なぜ晴れている日に参拝したいのか?と言うことと、雨でもいい、と思うことなのです^^
神様は、その時最善の形を示してくれます。

◎御祭神◎

一之宮 大己貴命
 (おおなむちのみこと)
だいこく様。縁結びの神様。天平2年(730)ご鎮座。
国土開発、殖産、医薬・医療に大きな力を発揮され、国土経営、夫婦和合、縁結びの神様として崇敬されています。また祖霊のいらっしゃる世界・幽冥(かくりよ)を守護する神とも言われています。大国主命(おおくにぬしのみこと)という別名もお持ちで、島根県の古社・出雲大社のご祭神でもございます。国土経営・夫婦和合・縁結びの神様としてのご神徳があります。
二之宮 少彦名命
 (すくなひこなのみこと)えびす様。商売繁昌の神様。商売繁昌、医薬健康、開運招福の神様です。日本に最初にお生まれになった神様のお一人・高皇産霊神(たかみむすひのかみ)のお子様で、大海の彼方・常世(とこよ)の国よりいらっしゃり、手のひらに乗るほどの小さなお姿ながら知恵に優れ、だいこく様とともに日本の国づくりをなされました。
三之宮 平将門命
 (たいらのまさかどのみこと)まさかど様。除災厄除の神様。延慶2年(1309)にご奉祀。平将門公は、承平・天慶年間、武士の先駆け「兵(つわもの)」として、関東の政治改革をはかり、命をかけて民衆たちを守ったお方です。明治7年(1874)に一時、摂社・将門神社に遷座されましたが、昭和59年に再びご本殿に奉祀され今日にいたっております。東京都千代田区大手町・将門塚(東京都指定文化財)には将門公の御首をお祀りしております。
私はこの神田神社から、癒しのパワーを強く感じました。
肉体疲労があったのですが、帰りは身体がとても元気でした^^皆さまにも、パワーのお裾分けを^^LOVE&PEACE♡メンテナンストレーナー kusakabe
皆さまこんにちわ☆

今年の9月は雨、台風が少なく、過ごしやすい日が続きましたね。

おかげでシルバーウィークも、旅行先では1度も雨に降られず、ほぼ晴天でした^^
昨年の9月の屋久島、鹿児島、熊本旅行も、奇跡的にほぼ晴天で、最後の日に神社参拝した直後の雨くらいでした。

また、神社巡り旅行も追ってUPします☆

さて今回も、パワースポットとして有名なこちら^^




動画を撮ることに夢中で、写真をあまり撮っていないことに気づき、スクショですみません。

御祭神

大山咋神(おおやまくいのかみ)

須佐之男命の孫にあたります。

相殿に鎮まります神々

国常立神(くにのとこたちのかみ)
伊弉冉神(いざなみのかみ)
足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)

御神徳

大山咋神の「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に広く地主神として崇められ、山・水を司り、大地を支配し万物の成長発展・産業万般の生成化育を守護し給う御神徳は広大無辺です。 近年は厄除け、安産、縁結び、商売繁盛、社運隆昌の神として崇敬されています。

社格

当神社は江戸城の鎮守として徳川家の崇敬は特に篤く、将軍世嗣、子女及諸大名等の社参は絶えることなく、毎年正月・6月には使いを遣わして幣を奉り、国家事ある時には必ず祈祷を修し、崇敬他に異なるものがありました。

東京奠都の後明治元年11月8日准勅祭社に、同2年7月2日祈年奉幣の列に入り、同5年5月8日府社に定められましたが、皇城の鎮護たる故を以て同15年1月11日官幣中社に列せられ、大正天皇御即位にあたり、更に昇格して官幣大社に列せられ、終戦と共に社格は廃せられましたが、宗教法人として都民の尊信を専らにしてかわることなく今日にいたっています。

社号

慶応4年(明治元年)6月11日以来、日枝神社の称号を用いる事となりましたが、古くから「日吉山王社」「日吉山王大権現社」「江戸山王大権現」「麹町山王」ひろく「山王社」と称され、氏子にとっては「お山」であり、一般には常に「山王さん」の名で親しまれて来ました。

ご由緒

当社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、さらに文明10年(1478)太田道灌公が江戸の地を相して築城するにあたり、鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。

やがて天正18年(1590)徳川家康公が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、又江戸市民からは「江戸郷の総氏神」「江戸の産神」として崇敬されました。

二代秀忠の時の江戸城大改造の際、城内紅葉山より新たに社地を江戸城外に定め、社殿を新築して遷祀されました。

世に元山王と称する地は今の隼町国立劇場附近です。

この時から別当神主を定め、神社の規模は広大に整い、広く一般衆庶も参拝し得る道を開きましたが、明暦3年(1657)の大火に社殿炎上の災に遇いました。時の将軍家綱は直ちに赤坂の溜池を望む松平忠房の邸地を官収して社地に充て、結構善美を尽くした権現造の社殿を造営・遷祀して、天下奉平、万民和楽の都を守護する祈願所として崇敬しました。

明治元年東京奠都と共に勅使奉幣が行われ、御西下御東幸に際しては御途中御安全の御祈祷を修せしめられ、明治2年7月天下水患にあたり勅使祈晴の御事があり、宮妃御懐妊の際は御安産の御祈祷を修せられ、皇室典範帝国憲法の制定を始めとして開戦及び平和回復等の重大事に際しては、常に勅使参向御奉告が行われ、畏くも大正天皇儲宮にまします時、御参拝があり、明治天皇は御愛蔵の御太刀一振(長光)を御進献あそばされました。

萬治2年御造営の社殿は、江戸初期権現造の代表的建物として国宝に指定されていました。昭和20年5月戦禍に遭い、末社山王稲荷神社を残し悉く烏有に帰しましたが、氏子崇敬者の赤誠奉仕により「昭和御造営」の画期的な大事業が企画され、昭和33年6月本殿遷座祭齋行、引き続き神門・廻廊・参集殿が逐次完成、更に末社改築、摂社の大修築、神庫校倉の改造等を相次いで行ない、全都をあげて之を慶賀し、昭和42年6月奉祝祭が先ず齋行され、この間、昭和33年6月現社地御鎮座三百年祭を齋行し、ここに昭和24年復興後援会発足以来10年に亘る歳月を以て、山王台上に再び大社の偉容を拝するに至りました。

昭和52年7月江戸城御鎮座五百年奉賛会が結成され、昭和53年6月500年を祝する式年大祭を厳修し、昔をしのぶ天下祭にふさわしい山王神幸祭の復元、尚記念事業として、「日枝神社史」の刊行「宝物殿」の建築、本殿以下社殿の修繕、境内整備等が実施されました。



こちらの神社は、ひっそりと言うより、神々しいと言う表現が合います。


赤のコントラストが映える、とても立派なご本尊でした。

圧倒的な存在感がありました。

貴方なら大丈夫だと、背中を押してもらえた気がします。

皆さまにも、パワーのお裾分け^^

LOVE&PEACE♡

メンテナンストレーナー kusakabe


皆さんこんにちわ^^

夏の終わりを感じる今日この頃。

お元気でお過ごしでしょうか?

パワースポットシリーズまだまだ続きます☆

本日は、賑やかな都心から住宅街に入った辺りに、ひっそりと佇むこちらの神社。




東京赤坂にある、氷川神社。

御祭神

素盞嗚尊(すさのおのみこと)

奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

大己貴命(おおなむぢのみこと別名…大国主命)

御神徳

厄除・良縁・家内安全・商売繁盛

創祀・沿革

天暦5年(951年)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られ、1000年以上の歴史を有します。創祀から100年後の治暦2年、関東に大旱魃が発生、降雨を祈願するとそのしるしがあり、以来よく祭事が行われました。

江戸時代に入り、幕府の尊信は篤く、8代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716年)、将軍職を継ぐに至り、同14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人、瑶泉院の実家・浅野土佐守邸跡)に現社殿を建立、翌15年(1730年)4月26日に遷座が行われ、28日に将軍直々のご参拝がありました。

以降、14代家茂公まで、歴代将軍の朱印状(港区文化財)が下附されました。 



御祭神は、なんと!

国産みのイザナギ、イザナミの長男、日本のトップ天照大御神の弟、スサノオです。


天照大御神を敬愛する私は、天照大御神に関わる神社を辿って、神社巡りをしている最中であります。


皆さまにも、パワーをお裾分け☆


次回もお楽しみに^^


LOVE&PEACE♡


メンテナンストレーナー kusakabe