太極拳
今日は午後からミッドタウンにある太極拳の教室にいってきました
ここの先生に出会うまで変な教室と1年契約をしてしまい、キャンセルしても契約金返金してもらえず、、
なんて事もあったけど、最後にここにたどり着いてよかった
前の先生は(アメリカ人)太極拳とエナジーコントロールの融合って事でなんか変な方向にいっちゃってる感じだったんだもん。。
< アイ アム クレイズィー アバウト 丹田ンン!!!
ってひとりずつ大声で叫ばされるし。。
注;丹田とは身体の中に7つあるといわれるチャクラのひとつ。
今の先生はとにかく基礎の型に重きを置いて基本の思想から教えてくれる。 他の生徒さんも趣味より実践の為に習っているようで真剣そのもの。
そんな中で型をとっていると、いかに自分がヒョっこ
か感じさせられます。。
みんな腰がどっしり据わってて型もきまってるんだもの
来週までには今日習った型をしっかり決められるようにガンバロ
初めて!
ブログを書く事にしてみました
アメリカに来てから膨大な量のエッセイを書かされて気づいた事、「あたし、文章表現スキルめっちゃ低いやん!
」 恐ろしくまとまりがなく、支離滅裂で稚拙。 はじめはそれを全て英語という言葉の壁のせいにしていたけどどうやら違う。。。 言語に限らず頭の中が整理されていないのだ!
それと同時に、自分の内にあるものを外側に表現する事の大切さ、(文章に限らず、言葉だったり、身体を通して)を痛感させられた。。
<日本人ナンダカラ 英語ノ カベナンテ コエラレヘンヤロー!
なんて最初っからギブ気味だったワタシ。 でも最近益々感じるのは、表現は言葉の壁を越えるってこと。
言葉が話せるかじゃなくて、伝えたいものがあるかどうかってこと。
英語が話せても会話が上滑りする人もいるし、逆に言葉は完璧ではなくとも、その目、声、身体で心に響く会話が出来る人もいる。
<内側ガ 充実シテル人ハ 何ニモ 負ケヘンノヤネ~。
年齢にも、外見にも、境遇にも。
大好きな演出家、鴻上尚史さんの言葉を借りれば、理想的な身体というのは、自分を満足に表現できる身体ということ。
文章にとどまらず、その人から発せられる声、表情、気、全てが自分の内にあるものを表現するのに適しているか。
それがヒトとして一番大事なんだなって。
それをスキップして表面を飾って取り繕っても、目に見える物理的な美を満たすだけだし、その美を保つためにいつも周りに対してアンテナはりまくってなきゃいけないんだな。 結局そういう美は周りのヒトに対してのサービス的な美だと思うから
(もちろん誰かの為に綺麗になりたいっていうのはとても大事だけど、その前に内の充実があってという前提で。) それ+普遍的な美を自分の内面に見出すことが出来たら最強なんじゃないかなって。
だから、
今までの24年間を反面教師にして、これからは内側と外側のギャップをなくせるよう、また両面とももっと充実できるよう、程ほどに頑張って生きたいとおもいま~す
と、まとまりのない文を無理やり〆めてみるのでした。。
