♥Life is NOT always wonderful♥

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決してワンダフルとは言えないけど幸せな日々in娯楽のない街パース

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結婚して2ヶ月が経とうとしてますが旦那ちゃんとは喧嘩しながらも仲良くやってます。(と思いたい笑)


国際結婚で一番の問題になってくるのが、どちらの国に住むかということ。
周りに国際結婚した人がいないので分からないけど、普通はお互いそれぞれの国に住みたがるみたいですがうちの場合は逆です。


旦那ちゃんは昔から日本LOVEな為日本に住みたがっていて、私も前は日本に引っ越すつもりだったけど最近はこっちのほうが居心地が良くなってしまっている状態...(笑)


少なくとも永住権が降りるまでの2~3年はこっちに住むことになったけど、子供もこっちで産みたいし、なんやかんや日本に移住するのはあと4~5年は先になりそう。


私の両親(特に父)は日本に帰って来てほしいみたいだし、義両親は日本移住に関して反対とかもないんだけど私自身がまた日本に住める気がしない。(笑)


でもオーストラリアに永住しようよなんて言った日には旦那ちゃんに離婚されかねないので、いつかは日本に引っ越します。いつかは。(笑)


こないだ半年間通っていた語学学校をやっと卒業し、パートナービザを申請してそれが降りたので晴れてブリッジングビザという、「仮の永住権が降りるまでの間この国にいて働いたり学校に行ったりしてもいいよ」的なビザに切り替わりました。
永住権取得がゴールだとすると、仮の仮ビザとでもいうのでしょうか...(・・;)

とにもかくにも、もう学生ビザではなくなったのでとりあえず当分は働きまくります。

本当はこのブログで、同じようにこれからビザ申請する方の為に申請に関して色々書こうと思っていたのですが、パートナービザ申請は思っていたよりはるかに簡単で、提出する書類も人からは2人合わせて100枚以上あるとか聞いていたのに、全然そんなことはなく超簡単でした。

記入する書類だけだったら1日で余裕でできちゃいます!

面倒くさいのは日本から戸籍を取ってそれを大使館で英訳してもらうだとか、日本で渡航証明書(無犯罪証明書)を警察に取りに行くだとか、わたしはこっちに1年以上住んでいるのでこっちでの無犯罪証明書も必要だったり、そういうの合わせると準備期間としてトータル4ヶ月くらい費やしたと思います。

ディファクトビザはまたもうちょっと面倒らしいですが、パートナービザは本当に簡単でした。

ただ4月の段階で申請料が4,000ドル近くかかって、数ヶ月前に聞いていた時は3,000ドルだったので短期間で1,000ドルも上がったのかとびっくりΣ(゚д゚;)

したのですが、本来パートナービザ申請時に約3,000ドル、それが降りて2年後に永住権を申請するときに約1,000ドルかかっていたのを最初の段階でまとめて4,000ドル払うという仕組みに変わっただけのようでした。

まぁこれでPR申請の時は書類だけで済むと考えたら楽っちゃ楽なのかも。
でも予想外の出費は結構痛かった(´;ω;`) 

あとは来週健康診断受けなきゃいけなかったり、ブリッジングビザの間はオーストラリア国外に出れないので(日本除く)旅行とかもしばらくできないけど来年は学校も行きたいしそのためにお金を貯める必要があるので大人しく働きます。

こういう時パースが娯楽のない街で心から良かったと思う(笑)

ポーリーにも、もう恋人でもなくフィアンセでもなく「旦那」になったのだからガッツリ働いていただこうと思います(*´∀`*)笑

今更ながら結婚式のことを書きます。(笑)

2013年3月10日 オーストラリアパースにて無事結婚式を挙げました。
すごくこぢんまりした式だったけど、良い式になったと思います。

こっちでは、式の前日から新郎新婦は顔を合わせてはいけない、わけではないけど縁起が悪いということで前日の夜は新郎は彼の実家に泊まっていました。

私のドレス姿も当日のバージンロードまで彼にはトップシークレットだったので、バージンロードで1日ぶりのご対面となるわけです。

父と私がバージンロードを歩きだし、その先で待っている彼を見たらすでに号泣。(笑)

もう多分嗚咽入ってたんじゃないかくらいに号泣。

それを見てもらい泣きするも化粧が落ちてはいかんと思い、持ちこたえました。(笑)

後で「何で歩き始めた段階ですでに泣いてたの?」と聞いたら「だってあまりに美しかったんだもん」と。 私が美しいことで誰かを泣かせたのなんてきっと人生で最初で最後でしょう。(笑)
私を見た第一声が「Holly shit」だったそうです。(笑)

いや多分実際は美しいとかだけじゃなく「ついにこの日がきたんだ」と結婚を実感して感極まったんだと思います。

あとからバイト先の上司に聞くと、結構バージンロードで新郎が泣いてしまうパターンはよくあるそう。

その後の披露宴も楽しかったけど、今思い出してみてもバージンロードを歩いた時が一番印象に残ってるし、わたし的にも一番感動的でした。

わざわざ日本から来てくれた家族、一緒に結婚式のオーガナイズをしてくれた彼の両親に感謝です。

本当に幸せな1日でした(^^)♡

 




更新が久しぶりすぎて何から書いたらいいのか分からない(笑)

とりあえず、2月に日本に帰ってたときのことを。


去年の帰国では、私にとっては1年ぶりだったのとポーリーにとっては念願の日本だったから京都やら沖縄やら色々行って、東京にいる間は毎日私の友達とご飯行ったりしててなかなか家でゆっくりできず家族との時間をあまり取れなくて母から苦情があったので(笑)前回会えなかった友達以外は敢えて誰とも会わずどこにも行かず親戚に挨拶行ったりおうちでゆっくりしてましたー

今回嬉しかったのは、弟がポーリーの相手をしててくれたこと!
こんな書き方をしたら何か子供の面倒を見るみたいだけど、なにせポーリーの日本語は超初級なもんだからどこに行くにも誰と話すにも私がいて通訳をしないといけないんです。

家族と食事ともなると父が何でもかんでも訳させるからそれが長時間になると発狂しそうなくらい疲れる。

でも今回はじゅんやが家にいて超初級英語を駆使しながら一緒にゲームしてくれてたり、私の代わりに通訳(にはあまりなってなかったけど)してくれたり兄と弟と3人で近所に買い出し行ってそのままゲームしたりしてくれてたから母とゆっくり話す時間も持てて、なんだか育児からちょっとの時間開放されて息抜き出来た時のお母さんの気持ちが分かった気がしました。

ポーリーは弟が一人いるけど仲が良かったことがほとんどないから、一気に2人も仲良く飲んだりふざけたりゲームしたりできる兄弟が出来てすごく嬉しかったみたい(^^)そんなポーリーの楽しそうな、幸せそうな姿を見て私もすごく嬉しくなった(´∀`*)

楽しい時間はあっという間に過ぎてパースに帰る時は、前回以上に帰りたくなくて、若干ホームシックになりました(笑)


次帰るのは12月になると思います~

忙しくてまだ何人かにしか報告できていないんですが、
3月にこっちで結婚式を挙げることになりました。

...急遽。(笑)

当初は3月に籍だけいれて、結婚式はやるにしてももっと先の話だったのが、今月両親が来た時に話の流れで急遽結婚式挙げることになりました。
結婚式っていっても30人くらいのこじんまりとしたものですが。

結婚式を挙げるのに何が嬉しいって、私の家族(兄夫婦と1歳の姪っ子も)全員式に来ること!

兄の奥さんは昔ワーホリでパースに1年ちょっと住んでたからずっとパースに来たがってたし、
結婚してからわりとすぐ子供が出来て、こんな機会でもなきゃきっと2人はこのまま新婚旅行に行かずに老後を迎えるんじゃないかと思ってたから2人が来れるのが本当に嬉しい(*´∀`*)


この2ヶ月くらい結婚に向けてビザのことやら家族のことやら、やることが多すぎてあんまり結婚について考える余裕がなかったけど、こないだこっちでお世話になってる人に「独身最後の日本、楽しんできてくださいね!」って言われて「独身最後」ってワード聞いて初めて結婚すること実感した(笑)

まず結婚するってことは、苗字が変わるってことやん!名前が変わるってことやん!
しかも私の場合は横文字になるんやん!どっか予約するときに「お名前おねがいします」って言われて「あ、Barlow(バロー)まりこです」「はい?馬老さん?」「いや、ローマ字で、B,A,R,L,O,Wです!!」店員「」とか日常茶飯事になるってことやん!は?何そのストレス(゜д゜)

そんなこと考えてたらこないだ日本大使館で日本のパスポートの申請書類貰いに行った時に、私の場合苗字が日本の綴りじゃなくなるから必要書類の中に「英語の綴りを証明するもの」とかいうのが入ってたりしてもうなんか軽くマリッジブルー(笑)

数年したら日本帰る予定だったけど、何か日本でのこと色々考えたらこっちに住んでた方が色々と楽なんじゃないかとさえ思ってきた。
そんなことポーリーと私の父が許さないだろうけど(-_-;)


マリッジブルーになりながらも明後日いよいよ帰国します!
今回の滞在は2週間ない位だけどこの帰国の後は1年位帰れないっぽいので「独身最後」の日本、思いっきり楽しんできます!ポーリーと(=_=)



私がオーストラリアに来た目的の1つだった、子供に英語を教える先生になるためのコースをここにきてやっと取ることができました\(^o^)/

今の学校に決めたのも、パースでTESOL(Teaching of English to Speakers of Other Languagesの略で、英語を母国語としない人のための英語教授法)のコースがあるのは私が行ってる語学学校と他1校の2校しかなかったから。

将来日本に帰った時資格として使う為もあるけど、私の場合は子供が出来たらバイリンガルに育てる為に、子供が小さい時から英語を教えてあげられたらラク最高やん!っていうのも理由の1つなんです。

たった4週間のコースだったんだけど、
死ぬほど楽しかった。
楽しいっていうのは、授業の内容が文字どうり子供に教えるからゲームしたり歌歌ったり、自分達も子供になって体験しながらそれを今度はどう子供達に教えるかを学ぶっていう内容ですごく為になることばかりだったから。

でも毎週末ペアか1人で皆の前で先生になって発表しなきゃいけなかったから楽しいのと同じくらいスケジュール的な意味できつかった(T_T)

実際始まってクラスメイトに聞くと皆このコースの為にバイト辞めてて、(両立が厳しいから)
私は週4で夜バイトしてるからあれ?ってなった(笑)けど、何とかやりきった!

もちろん、ポーリーにも色々助けてもらいました。感謝。


このコースに変える前は一般英語コースに3ヶ月位いたんだけど、今改めて思うのは、いかに日本の英語教育が終わってるか。

私は中学高校時代、ネイティブの先生に英語で教わるオーラルコミュニケーションの授業は大好きだったけど英文法は大嫌いでした。

昔から英語を「話す」ことそのものに憧れてたから、机に座って教科書の英文読んでその文章に出てくる文法の種類を先生が訳の分からない聞いたこともないような言葉で解説するのを聞くのが苦痛で仕方なかった。

高校は学年が上がるにつれて文法用語がさらに聞いたこともない言葉ばかりになってきて、後半はテストとかほぼ勘(笑)

1年半前にこっちに来て初めて英語を英語で学んで、最初は日本語以上に訳分かんなかったけど2ヶ月もすれば先生の解説に着いていけるようになって、今では英語で英語を学ぶ方が日本語で学ぶ英語の300倍良いと思うようになった。

きっと大昔に英語教育が始まった時に、日本人でも分かるようにって文法用語を日本語に無理やり訳した結果なんだろうけど、もういい加減気付いてほしい。その訳の分からない文法用語のせいで周りから日本人は英語が話せないとか言われるんだってこと。

指摘し始めたらもっと沢山あるんだけど今日はこの辺にしておきます(笑)

まぁ結局私が言いたいのは、本当に英語が話せるようになりたいなら海外行って英語で英語を学びなさいということ!!(笑)

それが一番手っ取り早いし楽です!!!




久々の更新(^0^) 
1月4日から私の両親が日本から婚約者のポーリーの両親に会いに来てました!

うちの父はめちゃくちゃ暑がりだからパースのクソ暑い気候で干からびるんじゃないかと心配してましたが、前日まで死ぬ程暑かったのに、両親が来た日から何故か突然クールダウン。


空港で再会して外出るなり父:「なんだー全然暑くないじゃん♪」


 

CItyにて思ってたより涼しくてルンルンの父と私

着いた日の夕食は私が働いてるレストランに食べに来てもらいました。
っていうのも人がいなくてその日私が働かなきゃいけなかったからなんだけど、私がせっせと働いてる間、両親とポーリーは通訳をはさんで大盛りあがりで、後半うちのお店のオーナー(日本人)と謎に仲良くなっててうけた(笑)

次の日はSwan VallyのSuper Golftっていうボールもクラブも通常の2倍位あるお遊びゴルフをしにいきました

 

小雨の中「涼しいけど湿気があれだな、あれだ」とかつぶやきながら何だかんだ楽しんでる父


ゴルフの後は近くのワイナリー行ってチョコレート工場行って夜はフリーマントルのリトルクリーチャーズでご飯♪

私の両親は飲食店やってるからまずいもの食べさせられないしで今回レストラン選びは私もポーリーも相当時間かけて考えてプラン練ったから、リトルクリーチャーズで「今回パースに来て一番驚いたのは食べ物が全部美味しかったこと!オーストラリアだし食べ物には全く期待してなかったから本当に感動した!」って父に言ってもらえた時は嬉しかった(^^)

次の日はBurswoodっていうホテルの中にあるオーストラリアでは有名(らしい)レストランでポーリーの両親と私の両親初顔合わせ!

皆最初は緊張して
たけど両親同士もわりとすぐ打ち解けてすごくすごく素敵な夜になりました(^^)
帰りの車の中で父が「お義父さんも素敵だったけど、あのお母さんにはびっくりした!あんなに愛情深い女性は久しぶりに見た!本当に本当に素敵なお義母さんだね」って言われて、色々思い出して私は運転しながら涙こらえるのに必死でした(笑)

後で聞いたらポーリーの両親も私の両親を気に入ってくれたみたいで、今回一番ナーバスだったポーリーが最後には安堵の笑顔だったからうまく行って本当に良かった(#^.^#)



次の日の午後の便で父と母は「じゃあまた20日後日本でな!」とか言いながらルンルンでシンガポールに旅立ってゆきました

1年はあっという間だね。
数時間後には2013年とか信じられない。

2012年は、1年を丸々海外で過ごした年だったから私にとっては新しいことだらけで、すごく刺激的な1年だったと思う。

それに人生でも大きい「結婚」っていう決断をした年でもあるから色んな意味で変化の年だったかな。

振り返ってみると4月から彼と一緒に住み始めたから1年の大半は彼と過ごしたことになるんだ(;゚Д゚)笑

彼とうまくいかない時に重度のホームシックにかかってママに電話して号泣したり、辛いこともたっくさんあったけど、その度に家族とか日本にいる友達に支えられて、そういう大切な人達の有り難みを感じられた。

ここに来る決断をせずにあのまま日本にいたら感じられなかった、気付けなかった沢山のことに気付けたからこっちに来て良かったなって今は思います。

本当この1年遠くで私を支えてくれた家族、友達、となりでいつも支えてくれた彼には本当に感謝。感謝しかない。

来年はいよいよ結婚でビザのこととかもあってさらに大変な年になりそうだけど、支えてくれてる人達に少しでも恩返しできたらいいなと思います。


皆様良いお年を!

 

ここんとこやっと充実してるって思えるようになってきた。かも。

最近は結婚とビザの準備で忙しい上に、期待させといて一気に突き落とされる的な出来事が重なって理不尽すぎて不公平すぎて、ここでの生活に本気で嫌気がさしてた(笑)

けど、今はポジティブに考えるようにしてる

ていうかそうでもしなきゃ日本人気質丸出しな私はこの国でやっていけるわけがないからね(笑)

やっぱり住むなら絶対日本!!でも、将来日本で幸せに暮らす為に、今はこのクソみたいな国で頑張らないといけないから大変なことだらけだけど前向きに頑張ろうと思います。

1週間後には両親に会えるしその20日後には一時帰国が待ってるから、それと1日1本のアイスを楽しみに今私は生きてます。


 
華たんに会いたい(´;ω;`)

 



 

 


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


オーストラリアはクリスマスの翌日も祝日。

ボクシングデーっていって、年にこの日だけ街中のお店がバーゲンセールするっていうとっても貴重な日。

これ逃したら1年待つハメになるのでショッピングリストを握りしめ、朝からCityに繰り出しました。

一番のお目当ては前から欲しかったネスプレッソのコーヒーメーカー!
半額位で買えて大満足!Nespresso Pixie

 

 
 

38°の炎天下の中3時間近くCity歩きまわって必要なものを買い漁ったから疲れ果てて帰りの車の中は2人共終始無言('_')


ところでこのボクシングデー、元々はクリスマスも仕事をしなきゃいけなかった使用人達に翌日家族と過ごさせる為の休日だったらしい。
それでその主人達が箱にプレゼントを入れて贈ったり、クリスマスにプレゼントとかカードを届けてくれた郵便配達員にも感謝の意味を込めて箱入りのプレゼント(Christmas Box)を贈ったことからBoxing dayっていうんだって。
ボクシングってスポーツのボクシング勝手に連想してたけど、BOXの方のBoxingだったみたい!

っていう話をオーストラリアで仲良かった子から聞いてほっこりしつつ、ボクシングデーじゃなくてショッピングデーでええやんとか思ってたからバーゲンする意味が分かって納得。


おうちに帰ると、パースは小さい街なのに、WA中の人が集まったんじゃないかと思う位混んでてめっちゃイライラしたから来年はもう行かない!

って彼が固い決意をしてらっしゃいました。



まぁ来年も行くけどね~