少し前の話になりますが、新年に祖母宅に挨拶に行った時のこと。テーブルに置いてあった毎日新聞の一面記事に釘付けになりました。

お正月の新聞、一面トップがなんと「ハーフ」についての記事。


そして記事は二面にも続き、ドイツ人のお父様と日本人のお母様をもつコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさんのインタビューが掲載されています。どちらの国の言葉も話し、日本名もあるのに、日本でもドイツでも「どちらにも属しにくい」と感じていたという彼女。


この30年ちょっとで、日本国内で誕生するハーフの子は、8割増えているのだそうです。我が家のように海外に移住した日本人から生まれたハーフを数えたら、日本人のルーツを持つハーフはもっと多いのでしょう。

妊娠中から気になっていた我が子のアイデンティティや言語。日本企業が元気で海外進出を旺盛にしていたために、お父さんの仕事の都合で海外で教育を受けた、いわゆる帰国子女が多い私の世代。日本に帰ってきて、いかに漢字の勉強が大変だったか、現地で日本語の補習校に行かされるのが負担だったことなど、友人たちからずいぶん聞いてきました。

また言語については、自分自身がこれまで様々な言語を勉強してきて、言いたいことが言えないもどかしさや、心にぴったりくる表現ができない時にストレスを感じてきたから、余計に心配していたのです。

ギリシャ人パパと日本人ママの間に、フィンランドで生まれた我が子。生まれて3ヶ月でスペインに引っ越して、2歳半の今またフィンランドに戻ろうとしている。


幸いなことに今のところは、ギリシャ語、日本語、そして夫婦間の言語でありベビーシッターさんの言語である英語をしっかり使い分けてくれているから、本人が混乱してきたら考えればいいか、と楽観視しています。日本から持ってきた本やいただいたDVDなどで、アンパンマンだって新幹線だって知っているUMAくん ご飯もパンは食べず、お米、味噌汁、豆腐、大根の煮物しか食べないほど和食党富士山

と、まぁなかなか日本的に育ってくれていると思っていたのです日本国旗

が。

今回の一時帰国で、成田空港からのリムジンバスを降りた時のこと。観光客が泊まるような大きなホテルのないこの町へのバスは、実家に近いのでありがたいのだけれど、乗客も少なくて、いつこのルートの運行が停止になるか、毎回心配している私爆笑そんな町で主人と子どもを先に歩かせ、少し後からモタモタとついて行ったら。

「なんでこんな町に、外国人がいるんだろうね。」と、お父さんに聞いている少年の声が耳に入りました。いやぁー、平成最後とか騒いでいるわりに、大都市・東京でもいまだにこんな鎖国チックな発言が聞けるのか、とびっくり富士山

その後、幼なじみの友だちとそのお子さんたちに会った時のこと。親同士の交流がずっと続いていながら彼女とは30年近く会っていなかったものの、お互い高齢出産したことを母親から聞いて、交流が再開したのです。ちなみにこの彼女とは、お互い父親がNY駐在だったことから、幼少期を過ごしたNYで知り合った。日本企業、元気だったね…。

この春小学校にはいるというお兄ちゃん、我が子・小熊が近づいても話しかけてはくれない宇宙人くん男の子はシャイなのかしらねぇーと思っていましたが、最後には打ち解けてくれてホッとしました。別れ際に友人のお母様の言葉。

「小熊くん、金髪で顔がみんなと違うから、初めはびっくりしちゃったけど、最後は仲良くなれたね。marichatoちゃんが近くにいなかったら、誰も小熊くんを日本人と思わないよね。」

日本語がわかっていても、外見が違うことで仲間に入れていなかった??

金髪って…フィンランド人が聞いたら笑っちゃうけど、確かに髪の色は明るいかもしれない。


ヨーロッパにいて、特にいわゆるハーフが多いマヨルカ島にいて、外見によってなに人か判別するという感覚が私から抜け落ちていたんだと気づくびっくり 

さらに養子をとることがわりと浸透しているフィンランドでは、いわゆる金髪碧眼の夫婦が、肌が黒い子どもや、一人っ子政策下で生まれた中国人の女の子(一人っ子政策では男の子が重宝されたらしく、女の子が北欧で養子となるパターンが多かったらしい。)と家族として仲良く過ごす姿を見るのもめずらしくはない。

前述の毎日新聞の記事には、バスケットボールの日本代表選手、オコエ桃仁花選手のコメントもありました。ナイジェリア人のお父様、日本人のお母様をもつ彼女、肌の色や髪の毛が日本人と違うことで、小学生の時はからかわれて「自分に自信がなかった」と言う。

「兄は人と違うことを楽しんだけど、私はそんなに強くなかったから」

2歳の小熊、人と違うことを楽しめる、たくましい性格に育つといいなくま