先日藤井フミヤのライブに行った。

光をまとい、圧倒的な歌唱力で人々を魅了するこの人こそ、私が最も愛する存在だ。

※多方面に配慮して、ここは「家族以外で」と注釈をつけておく

 

「大切な人に食べさせたくなる餃子」をコンセプトに、餃子店をオープンしたのが4年前。

彼の耳に、目に留まりますようにと、言霊の力を信じ、「いつか彼にうちの餃子を食べてもらうのが夢」と会う人会う人に言い続けているが、「餃子を食べてもらう」という一見簡単そうにみえる行為について、キラキラと輝き歌い踊る彼を目の前にして、深く考えた。

 

「1日に3回しか食事をするチャンスがないのに、その1回をファーストフードで済ませてしまうのがもったいない」

いつか彼がそう言った言葉を、私はずっとこの胸に刻んでは宝物のように持ち続けている。

そう、人は無限に食べられるわけではない。

お客様は人生においてすでにカウントダウンの始まっている「限りある食事回数」のひとつを、うちの店の餃子で消費してくださっているのだ。

しかも、足を運び、対価を払い。

それがいかに貴重な行為であるか、お客様自身も自覚していないかもしれないけれど、少なくとも食事を提供する、食に携わるものとして、その責任と喜びは常に意識しておきたい。

 

 

仮にこの私の小さき声が彼の耳に届き、あの美声を発する口に当店の餃子が運ばれたとしよう。

貴重な食事回数の1回を消費し、彼がその瞬間「美味しい」と思ってくれれば、その一瞬のためにこれまでの努力が報われたと私は涙するだろう。

しかしそこで終わりでは決してないのだ。

 

餃子は姿を変え、一定時間彼の体内にとどまる。

あわよくば彼に吸収され、あの美声となって生まれ変わるかもしれないし、華麗なステップを踏む原動力に一役かうことだって考えられる。

藤井フミヤその人に、うちの餃子が生まれ変わるといっても過言ではないのだ。

 

 

そう考えれば、餃子1粒に対しても、半端なことはできない。

まず、美味しさ。

皮と餡との絶妙なバランス。

そして吸収されても体の害にならず、栄養素として有効な効能が発揮されるもの。

愛すべきあの人の、最高のパフォーマンスの一旦を担える究極の一粒でありたい。

 

その餃子はその瞬間にだけ存在するわけではない。

いつでもあの人が食べたいと思ってくれればすぐに用意できる、そして「高級食材」など食べなれたあの人が「たまに無性に食べたくなるんだよね」と言ってしまうような「普通じゃないけど普通の餃子」を、お店で作り続けていくことこそが大切だと思っている。

 

 

今を否定するわけではないが、うちの餃子はきっとまだまだ美味しくなる。

食材、製法、味の組み合わせ。

化学調味料は一切使用せずに、国産原料のみを丁寧にこの目で確認しながら練り上げる餡。

更なる味のイメージは今よりももっとジューシーで、でも脂っこくなくて、より素材の深みが生きるもの。

未熟な経験値の中、私は自分がその時ベストだと思ったことを精一杯やっているが、アイディアは尽きることがない。

ひとつひとつ丁寧に、試行錯誤を繰り返しつつ、フミヤが口にするにふさわしい餃子、皮の中に小宇宙を閉じ込めたような餃子を作り上げていきたい。

 

そして創業最初から変わることなく精一杯入れていたつもりでも、今なお増量している素材がある。

それは「愛」だ。

 

餃子を愛する心。

今年一年それについて何度も立ち止まっては考えてきた。

結論、私にとっての「餃子愛」とは餃子を通してつながる「人間愛」に他ならないのだと思う。

 餃子を食べさせたくなる愛すべき存在。

餃子を作り続ける人の愛おしい姿。

いつも餃子の向こうに透けて見える、作り手、そして食べる人の心に想いを馳せてきた。

 

ビールのようなエアコンのような、名前を書くのも腹立つアイツのせいで、今年の飲食業界は大打撃を受けた。

それでも変わらずに来てくださるお客様、こんな時だからと助けてくださるお客様に支えられ、おかげさまで私はこうして今も見果てぬ夢を追うことができている。

絶対に負けはしないと、崖っぷちで踏ん張って餃子を包み続けている。

そこに愛はあるのか?と問われたら、愛なくしてうちの餃子は成り立たないのだと断言しよう。


限りある食事回数の一つを消費してまで、うちの餃子を食べてくださったお客様の「餃子愛」、そして一緒に夢を見てくれている同志たちの「友愛」に心から感謝したい。

 

「いつか藤井フミヤに食べてほしい餃子」は「いつもあなたに食べてほしい餃子」としてここにあり続けることこそが、愛を持って夢を応援してくれている人、うちの餃子を愛してくれている人への最大の恩返しであると信じている。

 

フミヤのライブで英気を養い、愛で満たされた小さな店で、今日も新しい餃子を作る。

まだまだ、物語は夢の途中。

2020年、師走の月曜日。

 

 

この記事は 餃子アドベントカレンダー2020 に参加しています。

https://adventar.org/calendars/5387