わたしの病気がこの国に数人しかないような稀な難病で治らないし悪くなることしかないし、どう至って死ぬのかを宣告された。

そんな事態にあって、冷静でいられる人もいるのかもしれないし、
そうだったのかと想いを深める人もいるのかもしれない。

わたしはそのどちらでもなく、
ただただ悲嘆に暮れた。

そう言われて、わたしはどうしたらいいのだろう。

これまですぎた過去を振り返ってもどうにもならない。

これからをよくすればいいというものでもない。

治らないというのは知ってたようなものだったのに
人から告げられると重かった。

それから何度も死のうと思った。

これからもそう思うだろうし、

わたしは8割がた自殺を決意してしまった。

こんな時、神様は見ていらっしゃる、と本当に信じることができるなら、
人も強いのかもしれない、と思う。

神様がお与えになった試練なのだ、とか
乗り越えられない壁はお与えにならない、とか
そんなふうに片付けられたらどんなに気分がいいだろうと思う。

幼少期の幼稚園がミッション系で、
そんな気持ちが根付きかけたまま育ったわたしは
そんなふうに片付けられそうで、
でもそれを神様が決められたことだと思い込むことはやはりできない。

毒親から虐待され続けることも神様がお与えになる試練なのだとしたら
わたしは神様が許せないと思うから。

もちろん、それは毒親が乗り越えるべき壁なのであり、
子どもにはなんの罪もないのだが
苦しむのは子どもなのだという事に納得がいかないから。

それを信じ込めるほどわたしの心は容易く?できていないことに、また落胆する。

もう死ぬことしかわたしには出来ないと思う。