mariamariさんのブログ -4ページ目
昨日のこと。
扉を開けて、
そこに笑顔で立っていた人は、
ビックリするほど、
好きだった人に似ていた
ドキッ
として、
一瞬、言葉が出てこなくなった。
職場だから、
瞬時に我を取り戻したけど、
あの一瞬の衝撃が
まだ心にモヤモヤ
残ってる。
マスクのマジックかなー
「ざわちん」の顔マネみたいに、
顔の下半分隠れると印象大きく違うしね。
ってか、
何だかんだ言って、
似ていることよりも、
昨日の彼の笑顔と雰囲気と自然な対応が、
とてもステキだった
マスクしてても、
あんなキラキラが伝播する笑顔って

ちょっとホレた~
ということですな

誰かが亡くなる、少し前、数日前に、
何かを感じること、ありませんか❓️
最近、またそんなことがありました。
仕事から帰宅して、ゴロゴロしてるとき、
視界の縁に人の気配を感じました。
数秒でその気配は消え、
また暫くすると、
部屋の戸の近くにまた同じ気配。
視線でそれを
きっちり捉えているわけじゃない。
でも、何も見えていないわけじゃなくて、
曖昧なものが
視界の焦点のあっていないところに、
見えている感じです。
その気配から感じた?のは、
(映像が浮かんだ、というより、
記憶が再生された感じ)
数日前の朝、
プラスチックのゴミ出しにいく姿を
見かけたご近所の70代の男性でした。
挨拶以外、話もしたことがなかった
ご近所さんだっただけに、
なぜ❓️❓️と。
その3日後、帰宅して、
その方が亡くなった知らせを受け、
お参りに行きました。
あの気配は、偶然だったのかな❓️
と不思議な感じです。
叔父が亡くなる2時間前は、
もっとハッキリとした、
姿に近い気配が焦点の合ってない、
開け放った窓の外に現れました。
アンダーシャツにステテコ姿、
夏の夜に父の実家でよく見た格好を感じ、
すぐに叔父と分かった。
「お別れに来たんだね」と
母や妹と話しました。
昨年、亡くなった知人にも同じようなことが。
母と祖母の最後、
病室での別れ際、
ベットから私を見送る姿は、
国宝の鏡像のようで、
月のような、ひたすら静かな光が
にじみ出ていて、
もう重力とは関係ないような様子でした。
これで最後、とその時は思わなかったけど、
帰り道は涙が出た。
いつもとは違う穏やかさを感じたから。
それがちょっと怖かったのかもしれない。
「死」は悪いことじゃないけど、
「別れ」はやはり、
怖さも悲しさもさみしさもある。
最近、亡くなった母に、
身体を持った母に
会いたいなぁ、と凄~く思うんですよね
夢にも出てきてくれないからなぁ


暑くなってきました

先日、お昼休みにコンビニで
今年初🌻「アイスコーヒ」を購入~

そして、ふと、思い出したのが
伊豆に住んでいたときに、
行っていた喫茶店と、そこのアイスコーヒ🎇
もうそのお店は
無くなってしまったのだけど。。😢
「あの懐かしいアイスコーヒ飲みたいなー」
って。
その喫茶店のママから
昼間に思い出していた人から
夜に贈り物が届いているなんて✨
そして、
干物焼いて食べながら、
また伊豆が懐かしくなったー

連休直前に数日、
出張で静岡に行くので、
残念だけど

この世の中の状況から、
喫茶店のママやマスター、
友達には会わず、
1人で一泊して、温泉入って

大室山とか行って
「まぶし丼」でも食べようかな

(21日、まだ宿に空室はあった

)
転職してから、
心身ともに、超絶:すり減ってる私に、
ひとときの休息を~


