●●といままで表記していた私のなまえを
Mさん と表記します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝方の夢見です。
漢字が混じった長文が十数行でてきました。
Mさんが、みんなにむけて書いた記事のようです。
でも、今までのブログの雰囲気とは違います。
そして、解説がありました。
ブログの内容は私の夢見のことですが、それを審神者されているMさんの雰囲気も口調も、
MさんなのにMさんではありません。
高度な存在がのっている感じです。私の夢見でも、はじめての口調でした。
ちょっと柔らかい、女性的…
文章の途中で言うのには、
『この人(私のことらしい…)は膨大な夢をみますから。
六篇ずつ見る。夢見に間違いはありません。
だけど音の音の取り方に注意しないと正しくとれませんよ。』
そして文の最後のほうで、農具の映像がみえました。鎌?鋤?みたいな…
もう時代が時代なのか、留め具すらまともな鉄具がなくなってしまって木か藁か蔓みたいなもので
持ち手の木とくくらなければなりません…
すると…
『農具のとめかた一つにしても、こっちは(右側から留め具をとおす)アクのやり方。
こっちは(左側から留め具をとおす)かみのやり方。
必ずかみのやり方でやるのですよ』
という言葉のあと、最後のしめくくりとして
『入ったらこのように行うのですよ…』
とおっしゃいました。
それで目が覚めました。
私も、第三者としてながめていましたが、MさんもMさんでいてMんではないような感じでした。
もっとずっと高度な(すいません…汗)何者かがMさんになっていました。
みんなに発表するにあたって、夢見を公表するにあたってのMさんへの神様からの伝授、という感じです。
長文はすいません。全部みたのですが、覚えきれなかったようです。
漠然としたイメージではあるのですが、必要ならばまた思いだしたりするのかもしれません。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
其の後 解説がまた 来ました。
Mさんこんにちは…昨日から大変な目にあっていますね…涙(私が咳の発作を起し倒れていたことについて)
夢見のこともう少しつっこんで思いだしてみると、
『夢見にまちがいはない』『音のとりかたに注意しないと正しくとれない』
なんですけど。
私はちょっと自分が、こんな大層なこと(夢見をいただくこと)を自分がしていいのか、と思ったり
自分の格を考えると、いただく内容のあまりのことに恐れ多かったりして、
間違ったことをつたえてはいまいか、心配だったりしていました。
なので神様とすると、夢見にまちがいはない、と私にも伝えてくださったのかな…と思いました。
そして、感じたのは、
この神様は、私がそのお役に値する間は、まちがったことを伝えない間は、
夢見という形でメッセージをお伝えになり、それは決して間違っていない。
そして、私が曇って、おごりからくる私心がはいってくるようであれば
間違ったことをMさんたちに伝えないように
スパッと切り捨てて、お役からはずすと思います。
そして次のお役にふさわしい御霊の方に、この役がまわると思います。
そう考えると、なんだか安心です…(笑)
私が恐れているのはまさにそういうこと(神様の神意に私心がはいりこむこと)だからです。
なんだかそれを実感できたので、自信をもって伝えていい、という気持ちになりました。
音のとりかたに注意しないと…というのは、出てきた文章がちょっと難解で、
おとが同じでも意味が違う言葉がたくさんあるので
それを意味として変換するときに、違う漢字であてはめると正しく神意がとれない、ということのようです。
今回、アク、というのはカタカナでアクときました。
かみは、ひらがなのかみ。
これも、普通に考えると悪と神なのでしょうが、こういう音をあらわす言葉が
いつも漢字でいただけるとは限らず、
カタカナやひらがなでいただくときもあるので、そういうときの注意なのかな、と思います。
「くどうもうさばハレならず」 もそのまま、ひらがなとカタカナでいただきました。
あの長文は、これからいただく文章の象徴なのかな…と思いました。
Mさんがかくブログも私の夢見も、こちら側で変換するときに注意が必要な内容のときがあるのだと思います。
それから、農具の修理ですが、
どんなにささやかなことを起こすときでも、いつでも正しいやり方かみのやりかたに
徹頭徹尾従う、ということのようです。
大きな仕事や使命のようなお役はちゃんと神様通りにやるけど、生活の中の小さなどうでもいいような
ささいなことは面倒くさくなって自分なりにやっちゃうとかすませちゃう…ということは駄目だということ。
とかく人間は、そうなりがちですものね…
これくらいいいじゃん♪みたいな…でも、それが蟻の一穴のように隙になるのかな…と思います。
自分も夢見しながら、えっ、こんなことを例にしてまで…と思いましたが、
こんなレベルのことだからこそ、なのかもしれません。
自戒をこめて見させていただいた感じです。
最後の
入ったらこのように行うのですよ…
は、感覚とすると、
この道(ひふみの)にはいったら、ということのようです。
そして新しくこの道に入るということの入門というか、取りかかりが、
第一歩がこのブログを目にする、読む、という人もいるようです。
読む人の中で誰かわかりませんが、それこそ、集まるべくして集まった人が出てきて、
このひふみの道にむかうようです
でも入ったらちゃんとこのように(かみのやりかた)行うのですよ、ということみたいです。
それをMさんがおっしゃっていましたよ♪
今、思いだしましたが、前の夢見で幼稚園児が二列でお手手をつないで
私の目の前を先生に導かれながら横切っていきました。
私が見通している、園児たちの向こう側の道は厳かな一本道で、
右手はどうも海のようで、海沿いの道のようでした。
奥には木々の繁みがみえ、なんというか、どこかの古きよきものにつながるなつかしい感じがしました。
その私の前を男女の幼い四歳くらい?の幼児たちが仲良く手をつないで横切っていくのです。
先生に先導されて…何かの象徴なのかな…と思います。
私も、自分であって自分でない考えとかをいただくので、いつも本当にえええーーーーーっ!!とか、
なるほど~とか
驚いたり、感心したりするばかりです。
つくづく、神様って高次の自分ってすごいなあ…と思うこのごろ…
こんな体験させていただけるなんて、身に余る光栄です。
有難いことです。
神様も私が夢見をおろすに値しない人間になったときはすっぱり御切り捨てになられるようなので、
安心してお伝えできます。
有難いなあ…アクの傀儡におちてMさんたちに迷惑かける前に(霊的世界で成敗していただく、
殺してもらってもいい)お役をとりあげてほしい…と思っているから。
Mさんに一喝される間もなく、神様からズバッとしていただけるのなら、安心です。
本望です。
だから腹を決めて伝えていきますね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は まず 解説なしで
これを載せます
Mさん と表記します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝方の夢見です。
漢字が混じった長文が十数行でてきました。
Mさんが、みんなにむけて書いた記事のようです。
でも、今までのブログの雰囲気とは違います。
そして、解説がありました。
ブログの内容は私の夢見のことですが、それを審神者されているMさんの雰囲気も口調も、
MさんなのにMさんではありません。
高度な存在がのっている感じです。私の夢見でも、はじめての口調でした。
ちょっと柔らかい、女性的…
文章の途中で言うのには、
『この人(私のことらしい…)は膨大な夢をみますから。
六篇ずつ見る。夢見に間違いはありません。
だけど音の音の取り方に注意しないと正しくとれませんよ。』
そして文の最後のほうで、農具の映像がみえました。鎌?鋤?みたいな…
もう時代が時代なのか、留め具すらまともな鉄具がなくなってしまって木か藁か蔓みたいなもので
持ち手の木とくくらなければなりません…
すると…
『農具のとめかた一つにしても、こっちは(右側から留め具をとおす)アクのやり方。
こっちは(左側から留め具をとおす)かみのやり方。
必ずかみのやり方でやるのですよ』
という言葉のあと、最後のしめくくりとして
『入ったらこのように行うのですよ…』
とおっしゃいました。
それで目が覚めました。
私も、第三者としてながめていましたが、MさんもMさんでいてMんではないような感じでした。
もっとずっと高度な(すいません…汗)何者かがMさんになっていました。
みんなに発表するにあたって、夢見を公表するにあたってのMさんへの神様からの伝授、という感じです。
長文はすいません。全部みたのですが、覚えきれなかったようです。
漠然としたイメージではあるのですが、必要ならばまた思いだしたりするのかもしれません。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
其の後 解説がまた 来ました。
Mさんこんにちは…昨日から大変な目にあっていますね…涙(私が咳の発作を起し倒れていたことについて)
夢見のこともう少しつっこんで思いだしてみると、
『夢見にまちがいはない』『音のとりかたに注意しないと正しくとれない』
なんですけど。
私はちょっと自分が、こんな大層なこと(夢見をいただくこと)を自分がしていいのか、と思ったり
自分の格を考えると、いただく内容のあまりのことに恐れ多かったりして、
間違ったことをつたえてはいまいか、心配だったりしていました。
なので神様とすると、夢見にまちがいはない、と私にも伝えてくださったのかな…と思いました。
そして、感じたのは、
この神様は、私がそのお役に値する間は、まちがったことを伝えない間は、
夢見という形でメッセージをお伝えになり、それは決して間違っていない。
そして、私が曇って、おごりからくる私心がはいってくるようであれば
間違ったことをMさんたちに伝えないように
スパッと切り捨てて、お役からはずすと思います。
そして次のお役にふさわしい御霊の方に、この役がまわると思います。
そう考えると、なんだか安心です…(笑)
私が恐れているのはまさにそういうこと(神様の神意に私心がはいりこむこと)だからです。
なんだかそれを実感できたので、自信をもって伝えていい、という気持ちになりました。
音のとりかたに注意しないと…というのは、出てきた文章がちょっと難解で、
おとが同じでも意味が違う言葉がたくさんあるので
それを意味として変換するときに、違う漢字であてはめると正しく神意がとれない、ということのようです。
今回、アク、というのはカタカナでアクときました。
かみは、ひらがなのかみ。
これも、普通に考えると悪と神なのでしょうが、こういう音をあらわす言葉が
いつも漢字でいただけるとは限らず、
カタカナやひらがなでいただくときもあるので、そういうときの注意なのかな、と思います。
「くどうもうさばハレならず」 もそのまま、ひらがなとカタカナでいただきました。
あの長文は、これからいただく文章の象徴なのかな…と思いました。
Mさんがかくブログも私の夢見も、こちら側で変換するときに注意が必要な内容のときがあるのだと思います。
それから、農具の修理ですが、
どんなにささやかなことを起こすときでも、いつでも正しいやり方かみのやりかたに
徹頭徹尾従う、ということのようです。
大きな仕事や使命のようなお役はちゃんと神様通りにやるけど、生活の中の小さなどうでもいいような
ささいなことは面倒くさくなって自分なりにやっちゃうとかすませちゃう…ということは駄目だということ。
とかく人間は、そうなりがちですものね…
これくらいいいじゃん♪みたいな…でも、それが蟻の一穴のように隙になるのかな…と思います。
自分も夢見しながら、えっ、こんなことを例にしてまで…と思いましたが、
こんなレベルのことだからこそ、なのかもしれません。
自戒をこめて見させていただいた感じです。
最後の
入ったらこのように行うのですよ…
は、感覚とすると、
この道(ひふみの)にはいったら、ということのようです。
そして新しくこの道に入るということの入門というか、取りかかりが、
第一歩がこのブログを目にする、読む、という人もいるようです。
読む人の中で誰かわかりませんが、それこそ、集まるべくして集まった人が出てきて、
このひふみの道にむかうようです
でも入ったらちゃんとこのように(かみのやりかた)行うのですよ、ということみたいです。
それをMさんがおっしゃっていましたよ♪
今、思いだしましたが、前の夢見で幼稚園児が二列でお手手をつないで
私の目の前を先生に導かれながら横切っていきました。
私が見通している、園児たちの向こう側の道は厳かな一本道で、
右手はどうも海のようで、海沿いの道のようでした。
奥には木々の繁みがみえ、なんというか、どこかの古きよきものにつながるなつかしい感じがしました。
その私の前を男女の幼い四歳くらい?の幼児たちが仲良く手をつないで横切っていくのです。
先生に先導されて…何かの象徴なのかな…と思います。
私も、自分であって自分でない考えとかをいただくので、いつも本当にえええーーーーーっ!!とか、
なるほど~とか
驚いたり、感心したりするばかりです。
つくづく、神様って高次の自分ってすごいなあ…と思うこのごろ…
こんな体験させていただけるなんて、身に余る光栄です。
有難いことです。
神様も私が夢見をおろすに値しない人間になったときはすっぱり御切り捨てになられるようなので、
安心してお伝えできます。
有難いなあ…アクの傀儡におちてMさんたちに迷惑かける前に(霊的世界で成敗していただく、
殺してもらってもいい)お役をとりあげてほしい…と思っているから。
Mさんに一喝される間もなく、神様からズバッとしていただけるのなら、安心です。
本望です。
だから腹を決めて伝えていきますね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は まず 解説なしで
これを載せます