ふりそそぐ羽根のように

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心を開放させる「羽根」になりたい…

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はじめまして聖衣です。

これからがんばって書いてゆこうと思います。

どんなブログかは・・・読んでみればわかります♪


とりあえず今日は、温度の話を書こうと思います。


温度には2種類あること、ご存知ですよね?

当たり前ですが、「熱い」と「冷たい」の2種類です。

「暑い」と「寒い」を想像した方もいるかもしれませんね。

今回は「熱い」と「冷たい」を使ってお話ししたいと思います。


「熱い」温度とは、どのくらいの温度なんでしょう?

50℃くらいでしょうか?60℃くらいでしょうか?

いろいろと意見が分かれそうですね(笑)


では質問を変えてみます。

「温かい」とは、どのくらいでしょうか?

きっとこの質問なら、意見に差はでないと思います。


私たちの「感覚」というものは、価値観や好みと同じで、

人それぞれ違います。

しかし私たちは、無意識のうちに

「熱い温度はこのくらいだ」、「冷たい温度はこれくらいだ」

などと、自分の中で決め付けてしまって、

自分の温度と人の温度の感覚が違うとは思いもしません。

「温かい温度はこれくらい」という感覚が人の体温くらいであり、

これには個人差があまりないので尚更です。

この「温度を感じる感覚の相違」

これは人と人の間に生じる「温度差」にも同じことが言えます。


「私はこんなにがんばっているのに」

「僕はこんなにも必死にやっているのに」


たとえばこれが自分の思う「熱い温度」だとします。

すると自分から見て、


「あの人はどうしてあんなに手抜きばかり」

「あいつはなんでもっと一生懸命やらないのか」

と思う人の温度は、自分より低いことになります。


つまり、自分は一生懸命やっている=熱い

あの人は一生懸命やっていない=冷たい

自分では気づいていなくても、無意識に脳がこのように判断しているのです。


それでは他の人はどうでしょう?

「他の人」も他の人の感覚で考えようとすると「自分」になりますね?

言い方がややこしいですが、

簡単に言うと「自分」も「他人」も同じということです。


熱いと思っている自分も、

他人から見れば冷たく見られているかもしれないのです。

冷たいように見えるあの人も、

あの人の感覚では熱く働いているのかもしれないのです。

自分が自分なりに熱く生きているように、

あの人なりに熱く生きているのです。


他人は自分の鏡であり、

自分は他人の鏡です。


「自分」という一人の人間を

あらゆる角度から見下ろし、見上げ、そして見つめてみましょう。

新たな発見や理解、それに新しい、温かい生活があなたを待っていますきらきら