ベンゾジアゼピン問題で、沢山の人に情報を出してくれていたアムさんが、断薬して引退宣言。

 

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→ベンゾ・向精神薬への関心が薄くなっていく

これからの事を考える時間が増えていってます。

ベンゾバディを翻訳する熱意はなくなってしまいました!ニヤニヤ ゴメンナサイ!

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これですよ。

俺もそう。

俺はこれどころか・・・減薬してたときは別人格で、違う人間の人生を送っていたと感じている。

 

なんつーかですね。

そんなもん、存在しなかった。

クスリ・・・?

そんなもんに興味はない。

興味があるとか誰が言ったの?

記憶はあるんだけど、俺ではないと思う。

 

他の断薬ブログでも、どこかで見た。

減薬、断薬の苦しみは、現実に存在する痛みの種類とは解離しているから、脳が意図的に消去しているのではないか?

なんてのがね。

 

なんというのか、まだ減薬の苦しみの中にいる人は、彼女の卒業を寂しいとか思うんでしょうか?

俺はコレって、生まれ変わりのような気がするんですよ。

映画とかであるじゃないですか。あんなもん。

全然、違う人になる。

記憶も、なんかね・・・・

 

ベンゾって、急性期に使用されるクスリです。

メンタルで使用した人は、初めて使ったときに、すごく効いたんじゃないでしょうか?

それが、いつの間にやらずっと続いてしまっていたとか・・・

俺は思うのだけど、ベンゾって精神をコールドスリープさせているのではないでしょうか?

体に残っている間はわかりづらいけど、完全な断薬のあとに訪れるものは・・・・

冬眠から目覚めた後の、急速な現実の流れ。

それは、確かにそれまでもあったけれど、確かな手ごたえと希望が感じ取れる世界。

今までとは違う世界。

俺はあの精神病院入院の日に、初めてソラナックスを飲んでから断薬まで、ずっと冬眠していたのだと思っています。

 

もしかしたら断薬成功者は経験をしているのかもしれない。

まさに映画になる経験。

 

お疲れさまでした。

ようこそ、こちらがわへ。

 

俺も毎日、メチャクチャ忙しいです。

でも、最高ですわ。

 

新しいブログをつくろうかなと、計画しています。

 

 

昨日、一年ぶりくらいでにちゃんねるを見たんですよ。

Twitterやってたら、「ベンゾ医原性が証明された。今後はベンゾ副作用で障害年金が出ます」とかあったから、ニュースソースを探したんだけど・・・見つかりませんでした。本当なのかなあ?嘘なのかなあ?

掲示板を見たらびっくりしました。

俺が減薬を始めた一年前は減薬スレッドなんてなんにもなかったのに乱立している・・・

ベンゾの危険性が周知され始めて、これからの犠牲者が減るだろうというのはいうのは喜ばしいのですが、みんなして余りにもわかっていない。レベルが低すぎる。

掲示板ばっかり見てて、ケーキが切れない少年たちが多すぎるのかなあ?とか・・・・

とにかくこんな話題が・・・

 

「水溶液といっても、うちには水溶液なんかないからできない」

「漸減法ってクスリを四分割して、一つ一つ減らしていけばいいんだろ?」

 

冗談じゃないです。

離脱症状というのはベンゾを減らした時のパンドラの箱です。

それが本格的に開かれる時には、もう戻れないんです。

こんな知識で減薬を始めたら、とんでもないことになりますよ!

線維筋痛症を発症したらどうなるんですか!?大変なことになるよ!!!

再服薬しても、壊れた神経は再生されない。

じゃあ飲み続ければいいのかというと神経が壊れ続けて、いつかおかしくなって死ぬと思うね。

減薬について書かざるをえなくなりました。

 

まずベンゾというものを始めからおさらいしましょう。

 

◎人間の体は興奮系を司る交感神経と副交感神経で動いている。ベンゾは副交感神経をやっているところに火炎放射をかけて交感神経を動かしやすくする。

 

◎交感神経が沢山動くと、神経は元気な方向に働きまくって暴走する。パソコンのプログラムを沢山動かすと動きが鈍くなったり、動かなくなったりしますよね?これで痛みを感じさせなくしたり、思考を鈍くしたり、寝るようにさせてるわけです。アッパーの果てにダウナーを狙っています。

 

◎安定剤として使う時は少しの火炎放射を長時間行う。睡眠薬として使う時は強い力で短時間行う。まあハルシオンとかです。

 

◎ベンゾはラリッたりしない→酒と一緒に飲むとラリることができますが酒のダウナー効果とベンゾのアッパーが吊りあうんですかね?ていうか酒の効果のほうがデカい。こういう使い方はしないようにしようね。

 

◎睡眠薬として使う時・・・目が覚めたときにパチっと瞼が開くことが多い。ベンゾの場合はいきなり覚醒します。これはナチュラルな睡眠ではないということです。興奮状態から覚めるわけです。起きた後にすぐに体を動かせます。サイレースなどの場合は動けなかったりしますが、これはぶん殴られたあとの状態のようで、やはり普通の睡眠ではないです。ですがやはりパチッと目が覚めるはずです。そしてしばらく動けない。ベルソムラなどの自分のホルモンで寝る睡眠導入剤の場合は起きた時に自然な眠気が強いですが、ベンゾは対照的です。

 

◎ベンゾを飲む人は一日三回と寝る前に自分の鎮静系神経を火炎放射していることを覚えておこう。

 

◎ベンゾが切れてくるとイライラすることに気づこう。暴走状態は神経が鎮静しているように感じられますが実際は超興奮状態です。これが飲んだ後に時間が経過して血中濃度が落ちてくると興奮状態としてあらわれます。これが原因不明のイライラです。これがくると「飲まなきゃいけない」という心理になって飲んでしまいます。ですが、重要なことはこれはアルコールなどと同じ依存心理ではないということです。体が悲鳴を上げているので、心が求めているわけではないのです。だからアルコールと同じ依存だと思っている人は自助会に行っても救われません。体の痛みと苦しみは消えません。

ここから言えることは「ベンゾ依存は依存ではない!」ということです。現在の日本にはうまくいいあらわせる言葉がなくて依存と言っていますが、実際は神経障害です。

 

ここらへんをふまえて、減薬についていきましょう。

 

◎減薬というのは、「体からクスリを抜くことではない!」ということです。火炎放射器を浴び続けて砂漠化し、ぶっ壊れた神経が再び作られるのを待つというひたすら気の長い作業です。ベンゾを少しずつ減らして副交感神経をつくっているGABAが少しずつ増えるのを待ちます。これを待っている期間は興奮系だけが残っているので肉体と精神が暴走を続けます。グルタミン酸興奮系というところは精神だけに関係しているものではなく、肉体の細胞の色んな所を動かしまくり、その時に細胞も殺しまわるので肉体にも大ダメージがきて、そこら辺中がとんでもないことになります。減薬はこれらの自分に降りかかった薬害を見つめ続ける行為です。俺の場合は今も瞼を閉じても光がまぶしいです。減薬中に線維筋痛症がでてきて、今も続いています。痛みに関しての興奮系が暴走を続けているのかな。ベンゾ筋痛症っていってますが。今はリリカを飲んでます。リリカはグルタミン酸を調節する役割のクスリです。これが線維筋痛症に効果があるってことは、やっぱりベンゾの離脱と線維筋痛症の関係があるって考えられるでしょう?

 

◎見つめ続けるという行為なので、減薬については人それぞれのやり方があります。漫画やゲームをやりながら行っても良いし、修業のつもりでやってもいいわけですが、あんまり頑張って自殺しないようにしていくことが大事です。すさまじいイライラと幻覚を耐え続ける毎日がやってきます。覚悟して初めてください。深海まで潜った後に浮上するのをとにかく待ちます。俺はとにかくネットと酒で耐え抜きました。本当は酒は興奮を加速させるからダメなようですが。

 

◎ベンゾ減薬したいというのは医者に伝えてからやっていってください。すさまじい試練の時がきます。たとえば統合失調症状がでてきているのに、それがうつ病の人だったら「あなたにはそんな症状はでないはずだ」ということでクスリがもらえなかったりすることになってしまいます。とりあえず医者に言うだけいっておきましょう。

 

◎短期間でクスリをやめたとしても、それは成功ではないです。なぜなら神経が回復するのには時間がかかりまくります。ベンゾ減薬をやっても離脱を感じないというラッキーな人は別ですが、パンドラの箱が一度は開いてしまったなあと感じた人は慎重になっておいてください。なにかあったときに神経障害がまだ回復していないな・・・あと数年かかるのかな・・・と覚えておいてください。人は痛みを本当に忘れてしまうものですが、なんとか減薬しているときの苦しみの記録を残しておいてください。詳しくは次で書きます。

 

◎漸減法・カット法がなぜダメかということについて。

俺もこれを医者に言われたんですけどね、このやり方は基本的にクスリを抜くって考え方なんですよ。クスリが抜ければいいんだと考えるからこんなことが言える。数年間の神経障害を耐え抜き、GABA大森林が再び再生するのを待つというやり方ではない。

まずですね、なんとか漸減法がうまくいって最後の四分の一になったとするじゃないですか、その四分の一で打ち切りになるということは四分の一に慣れていた体は100%を一気に断薬させられてしまうということを知っておいてください。それにジアゼパム1錠とデパス1錠では同じ四分の一の量でも薬の強さが違います。デパスのほうが数倍強い。飲んでいる薬を弱っちいジアゼパムにしてもらうように医者に相談してから、微量の微量になっていくようにやっていきます。

四分の一をいきなりやめるのではなく、八分の一、十六分の一、とにかく細かく細かくやっていきます。

これがメンドクサイから水溶液になるんですよ!

 

◎ある程度まで減薬が進んだら漸減法では対応しきれなくなります。そうしたら錠剤を粉粒にしてもらうように薬剤師にお願いしてください。ここからが水溶液の出番です。コップに水道水を入れクスリをはかって溶かしてください。グルグルグルできましたか?そうしたらその時に応じた分だけ飲んで、まあこんなもんかで飲んだら、後は残して捨てます。これが水溶液でのやり方。俺流です。本当は専門のクスリのはかりとか用意するといいようです。

 

◎ヤバい状態を感じたら、クスリをそれ以上は減らさないでください。だけど絶対に増やさないことです。これ大事です。しばらく現在の量で神経が回復するのを待ってから進めていってください。増やさないことです。現在の精神科ではほとんど一気という感じで減薬と断薬が進められていってしまうことが多いようですが、これは麻薬や覚せい剤、アルコールの抜き方です。ベンゾの場合は神経障害の回復を時間をかけて待つというのを忘れないでください。俺は一年で断薬しましたが神経障害が残り続けています。短期間で断薬しても神経障害は残っています。医者はバカばかりです。

 

まぁ今のところは、これくらいです。

なにかあったら続きを書きます。

では・・・・・・

 

 

ベンゾの依存・・・というよりは、数時間おきのイライラから「飲まなければ!」という思考に陥るんですよね。これは真面目に服薬しようというもので逸脱ではないです。

 

私はアルコール依存も経験していましたが、「飲めるほうがカッコいい」「断酒させられるというのは主体的ではない逆らってやる」「膵炎になっても飲むしかない」「飲まないとやっていられないじゃないか飲まなければ死ぬしかない」という思考でした。
飲まないか、飲んで酔いつぶれるかの二択思考でした。それだけではなく世の中のあらゆること全てがでした。
アルコールの件はこうしたものの行きついたところで、世の中を生きていくことができなくなったところで「底つき」が理解されるのでしょうが・・・

 

ベンゾの場合は飲みたくもないのに離脱がやってきます。私の場合は線維筋痛症があらわれたり、今までになかったはずの統合失調が出てきました。

 

これが辛くて・・・

 

再服薬をしても深刻なダメージを負った神経はどうしようもないです。すさまじく痛かった。
減薬というのは薬害にさらされた自分を確認する行為でした。
再服薬してもダメだとわかると、とにかく減薬していくしかないと感じられました。
そこでは再び飲みたいなどとは全く考えられませんでした。
ベンゾの底つきがあるとするならば、地獄の痛みで転げまわる感覚がそれでしょう。

 

今はベンゾもアルコールもやめています。

 

アルコールは依存に対しての意識変容と自分を律する大切さを守ればなんとかできますが、ベンゾはこれらに関わりなく神経障害が苦しくて、再服薬してもどうにもならないものなので見たくもない。

 

・・・ベンゾの場合は、心の依存ではないのです。

心が強いとか弱いとかとは関係がない!

痛いの。

とにかく痛いっっっ

苦しいっっっっっっっっっ

 

そして飲んでも痛みが消えないのはわかってんの。

酒とは違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

減薬開始する人のともしびになれれば幸いです。

 

 

 

 

 

おひさしぶりです。ベンゾ減薬、断薬関係で頑張っておられる人たち。

先ほどまで、サンタをやっていました。息子は寝ました。

さっきまで、クリスマスのリースを家族みんなで作っていました。100円ショップで色々とそろえてね。

もうバレてると思ってたんだけど、息子は本気で信じてるようで・・・安心しました。俺が死んだら、彼が次のサンタになってくれると思ってます。

 

最近はツイッターのほうばかりやっていて、文章力とか落ちたと思ってます。

ツイッターはエロ漫画家とか、エロゲ~とか、息子の中学受験のネタ収集やってて、ベンゾのページってわけじゃないもんで・・・中学受験とかは今まで全然知らない世界だったんだけど、俺がガンで死ぬということは息子の高校受験はありえないことになると判断したので、中学受験に踏み切ることにしました。世間では中学受験は落ちてもいい受験だなどといっていますが、我が家には戦う理由があるのです。

えーここはベンゾ減薬に悩んでる人たちのブログにしたいと思っているもんで・・・俺が減薬情報を得て、断薬成功したのもブログを書いている皆さんのおかげだったしね。

「睡眠薬は麻薬」さんにもフォローされながらツイッターやってますわ。

 

さてさて、本題に入ります。俺は11月に母が瀕死状態になってしまいまして、ストレス爆発する禁断の場所に帰って、しばらく過ごすことになっていました。やっぱりあそこは、俺にとっては過酷な部分の現実の象徴でした。母もまた心が病んでいました。これは一族郎党に繋がっているロックな思考だと解釈しました。

 

ロックという思考は、大前提として「負け」というものが組み込まれています。負けているところから這い上がる思考ですから、人と違うことをしたがります。なにかを考えるときに、その全てが下剋上になっているんです。ですが、下剋上を成し遂げる人間がどれくらいいるのでしょうか?下剋上に成功したら、再び、ありえない目標設定をして、下剋上を続けようとしてしまうんです。宝くじに当たったらそこでやめておけばよいのに、また買うんです。前に突き進むことして、挑戦することが我が人生である。美学である。それができない人間になってはいけないのだ。私はこういう人間である。それが認められないのは世の常である。ああ、私はなんて崇高な人間であり、ダメ人間なのであろうか・・・と酔っているんです。最悪の人種です。

 

私は上のことに気が付いたときに、「遂に俺は気づいた。」とか思いましたよ。

下剋上とか、確かにネタとしては民衆が好むものです。でもね、これは支配者階級が、皇帝が、愚民どものエサにして、自分たちへの不満から目を背けさせるためのモノであり、愚民どもも人生はロックだと酔っていることに幸せを感じているんだなと・・・辿り着きましたよ俺は。ロックを好きな奴は、拳を突き上げているだけの大馬鹿野郎であり暇人であり、本当に銃を持って戦ってはいないから、愛だとか平和だとか言っているんだなと。

脱線のように見えるけど、これは大事なんです。

俺はベンゾを飲み、酒に依存していた時に、こういう思考でした。

「薬を飲むのは仕方ないことだ」と思っていた。

俺がこうして発言しているのは、まるで断薬宗教臭くも見えるかもしれませんが、俺が発言しているのは薬から断薬宗教へという依存ではなく、真の心の自立を言っているのです。お分かりか?

先日、息子の塾の時間帯に、半年ぶりにビールをかっくらったら、頭がしびれて、体はだるくなり、ゲロしまくって・・・いやはやロックな飲み物でした。こりゃダメだなと感じていたのに、思いっきり飲んでしまいました。

 

数日で、眠れなくなりました。

ベルソムラちゃんでなんとかしようと試みましたが、どうにもこうにもになり、「これじゃ看病とかできない」と思ったので、妻に電話して禁断のベンゾ。「ハルシオンをクロネコヤマトで送ってくれ。朝1のトラックでだ。眠れなくてヤバい。」ということでした。

俺は一週間ほど、完璧に眠れなくなっていたのに、朝、昼、晩と一回につき二時間、合計で六時間を、母を見舞うために使っていました。車の運転とか恐ろしかったです。

最初のころにはツイッターで、昔の女のことばかり書いていました。数日したら、その女と別れたばかりのころに眠れなくなっていた状態と同じくらいに神経が跳ね上がって、メンヘラに向かってる!この感じは三十年前のあの頃と同じじゃんっって思ったんです。あの女を思い出すのが最近続いてばかりいるなって思ったのは、俺の精神が悲鳴をあげていたんです。

今のお前は、あの頃と同じだから気をつけろってね・・・

 

それから・・・次の日にソラナックスとデパスとサイレースとハルシオンとハロペリドールが送られてきました。断薬した後も忌々しく思ってはいましたが、とっといたんです。なにかあるときに使おうと思ってね。女の子をレイプするときに使おうとか。

ただし、絶対にスリップしてズルズルと使うつもりはありませんでした。忌々しい。←ここ重要。

どうしようもない急性期メンヘラの状態になってたので、仕方なくだったんです。

結局、二週間の間、ハルシオンを飲んでいました。デパスとソラナックスは飲んでみたものの、久しぶりに飲んでみるとすさまじく強くて眠気が残り、受け付けませんでした。

結局、効果のある時間が短い、ハルシオンだけにしておいたのですが、あっという間に効かなくなっていっていきます。二週間目終わりには三錠を放り込んでいました。

 

しばらくして、母の容態が安定した後に、飲み続けて、二週間後にハルシオンをやめました。もう必要ないと思えたからです。

そこから数日して・・・・こんなことが起こりました。

 

目の前で俺がベッドの上でうめいていました。それはガンで苦しみぬいて死んでいく、俺の最後の姿でした。それを見ていた俺がいて、俺は「まぁ死ぬときはそんなに体が耐えられるはずもない。酒で酔いつぶれるのと同じだ。」と思っていたのですが・・・俺はいつまでも死ぬことがなく、どんどんと苦しみぬいていきます。意識が途絶えないのです・・・見ている俺が茫然とし始めたころ、いきなり俺が俺を睨んで、言います。俺は確実に俺の存在を把握していたのです。そして睨みながらいうのです。「殺してくれ」。

 

それに似たことは、すぐに起こりました。

俺が夜、寝ていたら・・・玄関のドアが開いて、人が入ってきました。ドアを閉めて、そしてうろうろしながら俺の近くにきます。階段のすぐ下にいる!。声が聞こえる。「これを見たほうがいいよ・・・」そいつは階段を上ってきた、俺のすぐ横に、布団のよこでモゾモゾとしてから去っていく。玄関のドアが開けられ、そして閉まる。俺がそうっと目を開けると・・・目の前に抗ガン剤が吊り下げられていた。そいつは絶対的な死神だった。

 

あと、妻をぶんなぐる内容とか。

 

これね・・・幻覚なんだけど・・・

幻覚って、実際に起こっているときは、けど・・・現実そのものなんですよね。

 

俺は、ほとんどの精神への影響がある病気は「甘え」。トラウマだって甘え。うつだって甘え。発達障害も甘え。アルコール依存も甘え。と言い切るんですが、てんかんと統合失調だけはヤバいと思ってます。

この二つだけは薬が必要ですわ。

俺は、こんな原疾患があるわけはないんですよ・・・・・

だいたい、ありとあらゆる精神病を抱えてきた俺は・・・マジでこんなに何百人に一人っていう病のデパートなんですか?俺の脳みそはそんなに遺伝子からして悪いの?そんなわけはないっっっっ

 

それなのに統合失調の症状が出てきてるっっっっ

 

何日かして、やっと気が付きました。

これはハルシオンをやめたということ。断薬したということについての「離脱」なんだと。

以前にも、自動車学校の合宿では精神の薬を飲んでいる人は入れないから、合宿の期間中は薬をやめようとか言っていた俺と同じことをしてたんですわ。

たった二週間で、あれほどまでに頑張って断薬の苦しみを乗り越えたはずの俺が・・・

再び離脱を抱えることになったっっっっっっっっっっ

 

母の容態が安定して二週間してから、妻のもとに帰還しましたが、とにかく落ち着かない精神状態は一週間続き、自分がどこにいるのかもわからないのが続いていました。その間、とにかくイライラして、現実に妻を殴り、そのときに怪我をした俺の拳は相変わらず化膿したままです。

 

母のところから帰還する、一日前、朝、起きて・・・いきなり左足が動かなくなっていました。とても痛かったです。俺は何かにぶつけたり、ひねったり、つまづいた記憶がないのに変だなあと思っていました。高速バスから降りた後に、妻の車まで歩くことができませんでした。

妻のところに帰った、その日、俺は夜中にわんわん泣いていました。妻の尻を抱きしめて、「痛いよう、痛いよう」と絶叫していました。本当に痛かったのです。次の日に整形外科に行きました。足が腫れている。といわれて、レントゲンを撮りました。その腫れ具合をみて、俺も驚きました。骨は折れていなかったのに、ものすごく腫れあがっているのです。

医者も、「わからないが、あなたはリリカを飲んでいるんですね。」と聞いてきました。

俺は、「最近は抗がん剤を飲んでいたので、リリカは飲んでいません。」と答えました。

なお、ベンゾの離脱を弱めると信じているレグテクトも、最近は抗がん剤との組み合わせで腎不全がでた可能性があると薬剤師に知らされて、停止していたところでした。

レグテクトに関しては、最近は薬工場が火事になったことで出荷停止になっていたこともあります。

 

最近、ひさしぶりに、線維筋痛症に関する情報をネットで調べていました。

やはり、アムさんのブログで、ベンゾと線維筋痛症の話題がでていることに辿り着きます。

俺は始めの減薬をしていたときに右肩が原因不明の腫れをおびてしまいました。それは今もこぶのようになって、腫れは引いているものの、ある程度の形となって、存在し続けています。肩こりのようになっています。全く普段は意識していませんが、触るとはっきりと固い部分が出現しているのがわかります。

今は、左足のほうも腫れが引いたのに、日によっては激痛が走ります。

この二つの出来事は、明らかにベンゾを減薬、断薬した直後から起こったものです。

断言します。

ベンゾと線維筋痛症には、絶対の繫がりがあるっっっ

線維筋痛症の薬は、症状は、精神症状ではなく、明らかに痛みと腫れをともなうものであるっっ

腫れがあるけれども、炎症症状がでていないだけだっっっ

痛みは確実にあるっっっ

腫れがあるっっ

 

線維筋痛症の当事者として、ベンゾ薬害被害者として言える人が、私のほかに、他にいませんか?

原疾患がないのに、ベンゾ離脱のときに統合失調症状がでたという人はいませんか?

 

今、俺は完璧に普通に戻りました。

 

線維筋痛症は残り続けていますがね。

それでも、断薬直後ほどではないですよ。

 

ベンゾ減薬や、線維筋痛症について、その症状の詳しいありようを生々しく書いている他の人の文章を読んでみたいです。

俺は今回、統合失調で出てきた幻覚についても書いてみました。

 

皆して、「症状がでた。」とは書くけれども、具体的に「あれがこうでてきた。こう感じた。」とは皆さん、書かないのはなぜなんでしょうか?

 

もっと叫ぼうよ。

それが、きっと皆を救うための、一つのクモの糸になるかもしれないんだしさ。

 

そういうことです。

 

最後に、ベンゾ断薬していたはずなのに、なぜ二週間だけの再服薬で俺がこうなってしまったかについてですが、俺はかなりのハイペースで減薬しました。

ワイパックスさんが神なら、俺は無理やりの力で断薬した勇者です。俺はロックでしたので、負け思考だったんです。

勇者なんてなるもんじゃないです。

皆さんは帝王の道を歩んで、ゆっくりと減薬して欲しいです。多数の人間がやる方法が帝王の道です。

世界中がゾンビだらけになったときに、生き残っている人間の存在というものは・・・ロックなんですよ。

そういう世界なら、ゾンビになるほうが帝王の道なんです。

俺もロックは、もうまっぴらです。

言いたいことはですね、あまりにもハイペースで減薬したから、神経の荒廃っぷりが再生されきってなくて、あっという間に、せっかく回復してきていたGABA草がベンゾによって火炎放射されてしまったということです。

だから、ゆっくりとした減薬が必要なんです。

 

みんな、わかったか?

絶対にわかれよ?

 

 

あのさぁーおふくろ。

新宿と豊島区にマンションあったじゃん。他にもいくつかアパート経営してて、株の取り引きとかやってたじゃん。

 

それなのにさぁー。今年の九月で生命保険の金を支払ってなくて解約されてたし、ばあちゃま死んでから二年半の間は高血圧と糖尿の薬を飲んでなくてさ。。。あと、寝床は銀色の薄いカーペットひいて、毛布だけで寝てて、浮浪者より悪い生活してたってなんなんだよ。

 

ロックすぎるだろっっっっっっっ

 

俺を病気に追いやったのはさ、そういう思考形態なんだよ。

 

一つのことをなすために、ありとあらゆることを放り投げる。

 

果ては、一万人に二人しかならない脳の病気になって倒れる。

 

ロックだろ。

 

俺もそれに支配されてたよ。やっと気づけたけどさ。

 

おじさんが言ってたよ。おじいさまが亡くなってから、市に相続税を支払いに行ったら「この市には今まで三人しか支払いにきた人がいないんですよ。」って不思議な顔されたとか。それでも、「受け取ってください。」といって七十万円を支払ってきたとか・・・・

そういう、心の在り方が、そういうのを美しいと思う心がさ・・・・・

 

一族にしみついたロックなんだよっっっ

 

市役所側が「支払わなくていい」という、メッセージをあからさまに出してきたのに・・・・

「俺たちだけはちゃんとやるっっっそれが美しいことなんだっっっ」

その思考がね。

 

金を支払っても、そのあとに三倍の金がもらえるならともかくさ・・・・

あからさまに損しているのに、自慢するなよ。かっこ悪い。

 

俺はそういうのを信じて、そして笑われ続けてきたと、今になってようやく気付いたが、友人たちはみーーーんないなくなっちまって十年が経つわ。

 

ロックなんだよっっっっっっっっっ

 

 

 

もう、それで俺を縛るのは、やめてくれっっっっっっっっっ

 

 

 

もう、俺は自由だ。

ロックからは卒業する。

 

 

尾崎豊もカートコバーンも、もう卒業だ。

あいつらは死ぬしかなかったんだ。

 

とらわれない心。なんにも考えない心。

しかして、支配者として君臨できるものが帝王の道だ。

 

 

 

 

 

 

俺は場所に対する、強迫性障害です。

それは過去のトラウマから来ていました。

それは過去の封印を必要とするものでした。

〇市のモノに触れると一週間は飲まず食わずで風呂に入り続け、排尿排泄も風呂の中で行っていました。

その中で、ずっと体を洗い続けて、精神を清めているつもりになっていました。

 

俺をレイプしやがった、その過去に対して、グーグルマップを使って、旅をしてみました。

今までは出来なかったことでしたが、この日は精神が安定していたのでやってみました。

 

台風の目の中と思っていたのですが、風は通過した後のようです。

 

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過去への旅 つぶやき

過去への旅は、妻が夜勤から帰ったら報告しよう。遂に「見た」。そして、心にすさまじいプレッシャーはあったけれども、今は何もない。不愉快な過去というだけだ。今は、俺が息子を持ってる親父なんだ。いい加減、メンヘラなんかやめてやる。薬も退院してから、ありとあらゆる薬をやめたんだ。これで終わりだ。
03:36
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これが憧れと敗北、理想ではなかった偽善の高校か。今はさっぱり名前も聞かなくなった。一体、何を俺は血迷っていたのか。しかし、あのころの俺はそれしか見えなかった。敵が見えないということは、どれくらい俺を悩ませるはめになったのか。
03:34
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ここが、親父が死んだ病院か・・・・
03:27
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俺は確かに、あそこを駆け抜けてきた。そして感じたのは・・・やはり、べらぼーな距離をどうしてたってことだった。あれでは精神も身体も朽ち果てる。俺がおかしくなったのは当然なんだなと思った。
03:21
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恐怖と敗北の象徴の高校か。見てきた。三十一年ぶりに見てきた。そしてそこから帰ってきた。俺が生まれて初めて自我という反抗心を持って飛び出してきた、出口を見つけた。あのころの田んぼはなにもなかったが、俺の意思は、過去はあった。
03:20
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教会はよくわからなかった。地形が変わってて。そろそろトラウマの極限に進もう。
02:43
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強烈なトラウマがある教会にいくか。
02:17
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〇〇シティー周辺を探索。
02:15
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これが三十一年間の時の流れか。
02:08
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結局、俺の先祖がつくったところ小学校では、悲しいことばかりだったという結果になるのか・・・・
01:58
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〇〇小学校・・・桜が一本もない。切り倒されてる。あれだけ綺麗だった桜が・・・親父と母様たちが、運動会の時にきたグランドの応援席がなくなってる。俺たちが植樹した桜の木がなくなってる。あの時埋めたタイムカプセルとかどうなったんだ。やめてくれ。
01:56
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〇〇さんちにいこう。ふるさと村になってしまって、俺の故郷を散々に壊してくれてるけど。
01:52
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この駐車場に体罰教師の車が・・・
01:48
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ここで親父にランドセルを買ってもらったのか・・・・小学校に上がる前の記憶が。夕方の飯前に親父に連れてこられたんだっけ。
01:46
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有沢〇〇?君の家は駄菓子屋をやめてるなあ。あと〇〇書店がない。
01:44
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本屋が二件ない。商店街では車社会で本屋は存続できない。
01:43
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商店街が壊滅しているが、車の時代になったからだな。昔は徒歩か自転車だった。昭和四十年代。五十年代初め。
01:38
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昔、こんにゃくオナニーのために、こんにゃく買ってた店らしきものがあるが。親父にばれてたのはそりゃそうだよな。
01:36
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超初期型デイリーストアだったとこが潰れているっぽい。親父はよくここでチョココロネ喰ってた気がする。あと山崎のなんとかパック。サンドイッチのやつ。
01:35
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親父が駆け抜けた街中を歩く。
01:32
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ここでなにしてたんだろう?図書館でマイケルムアコックのストームブリンガーみつけて喜んでいたような。絶賛不登校中かな。
01:30
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そうか、あそこで、親父が死んだ後に、妹と歩いたのか・・・・ふきのとうとかつくしがあったような気がする。
01:28
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俺がいたずらして、農家の人にぶんなぐられたとこだ。
01:27
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高井君か、俺が酒を教えたせいで、アル中になって結婚した後も奥さんに暴力ふるうようになって別れたらしいが。俺が罪深い。そして、俺を罪深くさせた一番のイジメっこのうち。名前が満で、親父と同じ名前ってことで、親父がアイツみたいになれとか言ってたけど、まっぴらごめんだった。
01:24
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グーグルマップのグイッという動きは、まるで時の流れと同じように見える。いっきに過去にワープしていくようだ。
01:21
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親父がいるようでいない。現代という世界。なぜか俺には息子がいる。横で良く寝ている。時の流れ。
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山。原風景。
01:18
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ここがリンチされた場所か。小寺君どうしているかな・・・フェイスブックで探そう。
01:15
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ここで小学校低学年の俺は祖母とお茶を楽しんでいたなあ。
01:05
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まぁ家は焼けたからな。あれは楳図一夫の呪いだった。
01:04
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桜井君のうちに行ってみよう。
01:01
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俺を陸上部でイジメたやつの家はなくなっているのか、よくわからんな。まぁもうどうでもいいか。
01:01
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第一体育館が立て直されているのか?そして俺はここで吉川さんを見送ったのか・・・これが最後になったのか。
00:57
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校舎の周りの木は、全てを見てきたのだろう。
00:54
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第2体育館がないのは、やはり少子化なんだろうな。
00:52
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相変わらず広いグラウンドだ。
00:50
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プールが見えなくなってる。塀が出来てる。スク水が懐かしいな。吉川さんの割れ目がみたいなーとか目をこらしていたっけ。プールはほとんど休んでいたな。つーか泳いだ記憶が数回くらいかないような。
00:49
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イジメられっこたちがたむろしていた場所。渡辺はイジメを許したくないと警察官になれたろうか。桜井はどうしたろうか。俺もイジメや体罰をなんとかしようと教師の道を目指したんだっけ。
00:47
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自転車置き場がすさまじいことになってる。今はどうなってるんだ・・・・・・
00:45
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壮絶なトラウマと希望があった中学に到着。周りを歩く。自分のトラウマを渡る。長い夜。心が落ち着いているから、遂にトラウマの核である高校ルートまで心の奥にいこうと思う。そして克服しよう。
00:44
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中学校までの道をてくてく歩く。初恋の吉川さんの面影。
00:40
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俺をイジメてたクソヤクザの丸山の家を見る。昔止まってた白いベンツはなくなって、灰色の軽自動車だ。落ちぶれたといえるな・・・・
00:37
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すまない。といっても、言い訳はもうできない。彼女は苦しみぬいて死んだ。
00:35
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昔、犬に優しくできなかった俺が、最初のシェルティーのシェルのクビを吊っていた場所を見る。あのころはイジメられていたからか、弱いものには絶対服従を誓わせていた。彼女は徹底的に俺に腹を向けるのを嫌がっていた。虐待された犬は飼い主に腹を見せられなくなる。
00:34
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雪は降っていないが、どうにも新潟の天気だな。
00:31
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彼もそろそろ社長だろうな。俺たちの親世代も引退だろうからな・・・
00:30
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〇〇歯科医院か、あそこの娘が小学生のうちから夜の11時まで勉強しているから、お前もやれと親父に言われていたっけ。婿でも取って、今も歯科を継いでいるようだ。
00:27
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大野君と最後に別れた場所。いま、思えば、彼に・・・壊された。彼はなにを思っているのか。
親父が彼に「こいつの友達になってやってくれ。」という言葉は、やはり俺を跡継ぎにはしたくなかったという結果となった。
00:24
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ストリートビューは2011か・・・・
00:22
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父の育てた、盆栽が・・・・多分、我が家の墓はあそこの横なのだろう。
00:21
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人はいつか振り返らないと・・・・きっと後悔するんだ。だから今、やっているんだと思う。
00:18
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まだ歩けたころの祖母との最後の場所。あの人はいつまでも俺たち夫婦に手を振ってくれていたっけ。見えなくなるまで。そして俺も見えなくなるのか。息子の前から。なにを残せるのか。
00:17
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俺はなにを振り返るべきなのか
00:14
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人生の振り返りの時がきたな。長嶋さんの言っていた「人はいつか振り返るときがくるから。」というのは、今まさにこの時か・・・。遺書の編集をなるべく早く終わらせなければ。そして息子と旅にでよう。いらんことに金使うのはランス10でファイナルだな。
00:14
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先日、久しぶりにラインを立ち上げたらアップデートされて、そうしたら縁を切ったはずの父親方の叔父が友達検索に入ってきた。もともとの実家は入ってこなかった。父方本家には俺の連絡先は完璧に知られてないらしい。なにか最近、俺は振り返っているな・・・
00:12
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俺が死んだあとは、きっとグーグルマップも進化して、パソコンで自由自在に旅ができるようになるのだろう。消防車のカンカンという音だけが聞こえる。普通車の音はなにもしない。
00:08
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すさまじい台風の中が、こんなにも無風。そして俺の心の中も無風になるとは・・・なにかドラマだな。
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風が完璧になくなった。台風が直上にある。俺はグーグルマップで昔の家のまわりを歩いている。トラウマが消えな〇〇市の家。イジメっこの家も見に行ってみよう。今は心が落ち着いていて、過去に向かい合うことができている。
00:05
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台風やばいから、息子と妻実家に避難した。今日はこっちに泊まる。
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正直言って、ガンが見つかって、自分の人生を覚悟するまでは「いつか人の親たる存在になれるのかな」という思いがあった。
教員をやっていた時も、「いつか立派な先生になれるかな。」と思っていた。
心の病気についても、「いつか治ればいいな。それまでは我慢。」と思っていた。

全て甘えだった。
取り返しがつかないことになるところだった。
人間は、そんな考えで生きていてはいけないのだ。

薬をやめてから、ガンが見つかってから、俺は俺らしくなったと、今朝、妻に褒められた。
一生の中で今が一番幸せと思っていると、妻に言わせることが出来た。
それは、俺が逃避の薬をやめて、目の前の問題を次々と撃破するようになってから・・・・
人生の大転換点を迎えてから。
俺は俺の死後、息子が持つであろう父親像を「こういうものにしたい。」というのを生きる全てにおいてやるようになっている。そこからとにかく話が変わり始めた。

人間とは、人間の明日はわからないのだから、いつも全力で、「これが俺だ。俺様はこの位置にいる。どうだ?俺はすごいだろう。俺を憧れに思って、ここまで来てみろ。」という存在になるように、常に自分を固定化していなければいけなかった。たとえ失敗満タンの人生でも真面目にやってきたことには違いがないのだから、息子に誇っていいと思う。過ちしたこともあったが、それは誤りが効かないので、反省して良くなるように即決断して前と信じるほうに向かわなければならない。
そこにおいては、とにかく、思い込むことの重要性を感じる。演じることが必要で、(演じる内容としても、自分の人生の最終章であるから、自分が理想と信じて、それになるようにと努力していた形態を演じている。これが阿素乱だと。時空の狭間で戦い続けるのが俺で、それを時の彼方でで助けてくれるものが、夢幻の心臓の戦士であるカナタなのだと。ゆえに戦い続けることが出来るのだと。ここら辺がわからなかったら息子は魔界水滸伝を読むこと)そしてそれを自分自身の姿として改造することによって、もともとの気の弱い自分に引きずられぬようにする。演じることで、それが身に着いていき、成長に繋がっている。ボランティアは人のためにではなく、自分のためにやることだ。
俺は傲慢な姿を持たねばならない。
妻と息子の人生の責任を取るために、父親としては、もっと早くに、罪を重ねたとしても・・・それを承知で、このスタイルに勇気を出して取り組む必要があった。
傲慢な姿でいることも、父親像をあらわす姿として君臨しなければならないものの優しさだと気づく。
常にドアを解放している状態でいたことは、今、思うと自分につけこむ隙というものを他人に開放している姿であった。それがイジメられっ子というモノだった。
もちろん、「これが俺様だ。」は、成長の停止を意味してはならないので、常にアンテナは外に向けていなければならないし、吸収する努力をかかしてはいけないのは前提である。ゆえにサウザーの制圧前進あるのみと、引かぬ媚びぬ省みぬは矛盾する要素であったのだ。

若いうちはなんでも吸収しなければならないものだと、頭を下げてばかりいるうちに、この年齢になっていた。
一体、俺はいつになったら、自分に区切りをつけるつもりだったのだろうか?

下級生のオープニングソングに、「準備できてないけど頑張らなくちゃね♪」という一節があったのは、女の子のほうが、結局はいざというときに強くなるのはこういう性差があったのは気が付かなかった。そりゃ、「今日うちに来ない?」とか言われてもな・・・

学生時代から、もっと人生経験を積む必要があるとか、就職を先延ばしにしていたのが、バカのもと過ぎた。子作りを先延ばしにしていたのも甘えだった。同じ学年で、俺みたいにのんびりしているやつは絶対にいなかった。一万人に一人くらいだろう。統一女とつきあったせいで、人と違って悩んでいるときや具合が悪い時はのんびりしているのも仕方ないという認知を持ってしまったのが間違いだった。ああいう人間とは付き合ってはいけない。負の認知を持たせる人間とは付き合ってはいけない。共依存とは負であるから気持ちが良い。人間は常に堕落を望んでしまうからだ。

人間はちゃんと周りに合わせて生きていく必要がある存在だ。今の世の中からはどんどんとこういう認識と価値観が欠落していっている。LGBTの価値観は自由であるが、その存在は社会的なノーマルとして許容されてはいけないと考える。若い時の誤りくらいにしておかねばならない。

人生とは、もっと理詰めで、とんでもなく若いうちから将棋のように自陣を固めておいて、決戦が始まったら、後は怒涛の展開になっていくものだと考えておかなければならなかった。
人事を尽くして天命を待つのが、正しい姿らしい。

昔の専門学校の恩師に呼ばれて後輩に講義するなら何を言うだろうかと考えてみれば、「卒業までに自分はこうだ」と就職先に売り込めるだけの自分の形をイメージングして、それを行うことを毎日、意識づけるように努力せよ。私立への採用であっても、公立の採用試験をクリアできるだけの学力を常に身に着けておくことは高卒以上の人間として当然のことである。大人としてセックスも経験しているのなら子供たちへのスキンシップなども容易にしてあげられるようにせよ。スキンシップで持って子供たちの心をがっちり捉えよ。ありとあらゆる自分の経験を即戦力として武器にしていけ。幼児教育の現場は、場所によっては「なあなあ」の雰囲気が温かい職場のようになっていることが多いからそうならないように常に意識していろ。
教師はスタイルは色々あるにせよ、子供たちの理想としての姿を持ち、子供たちが憧れの対象になるべきである。
・・・・・というところだろうか?
これらは教師になる人間だけではなくて、人の親となるモノは全て、そうあれと言いたい。

昔から言い続けてきたが、「お母さんといっしょ」に出てくるバカみたいに明るいのが教育者の姿でなくても構わないが、相応に何かのスタイルで子供の前に提示できる格好いいスタイルは必要だ。太陽でなく月でも構わないが、それならば「このお月様のようになりたい。」と思わせなければならない。価値が減ることはあってはならない。

人の親となるということは、子供に対して、二十四時間の理想の姿を持って生きていくことを義務づけられるということになるのだと言いたい。そして常にこの認識は日々の甘えによって崩れていくので、なにかあるたびに自分を「親」としての位置に振り返り、立ち戻らないといけないということだ。それゆえに若い親はこういうことの実践が難しいのだ。生活の忙しさでは疲れた姿になるが、だからといって疲れた姿を見せるのも仕方がないというのも甘えだ。人の世で苦しむ親の姿を子供に幼いうちから子供に見せ続けていては絶望した大人として育ってしまう。
親というものは、ここまで要求される。そして、自分が死ぬところを見せ続けるまでが親の役目である。妥協せずに死ぬ時の苦しさまで見せつけてやるべきだ。

息子よ、お前も精進しろよ。


幸せの花束 
https://www.nicovideo.jp/watch/sm8772251
トキメキのゆくえ
https://www.youtube.com/watch?v=QEj0VQB1LL4

ランスⅩをダウンロードした。アリスソフトのTADAさんには申し訳ないけれど、存在を知って、すぐに購入してしまった。後になって見たが、彼が言うパッケージ版の購入層がいてくれるうちにというのの希望がかなえられなかった。こういう行動を俺がしてしまったのも、わざわざ電気屋に行って購入ということが出来なくなっているエロゲ界の最近を巡っての状況だ。最近はそこらへんで新作が買える店舗がない。それくらい衰退してしまった。そしてTADAさんが引退してしまったことを知る。
多分、この作品が、俺の最後のエロゲになる。
決着をつけるには、良いころ合い。良い作品だ。
エロゲ界は次の着地点を探さなければならない。
今までの紙芝居エロゲはもう終わりだ。
紙芝居エロゲはエルフと葉鍵とニトロが到達点だった。
もっとも売れたFateは、総括すれば没落の原因だ。ラノベ媒体に組み込まれるための存在となった。
ゆえにゲーム性があるアリスソフトが生き残った。
エロゲは完璧な文学作品だ。それはラノベや本で表現することは不可能だ。同じ共通ルートをたどる手間暇をかけ、そして男と女のからみあいの向こう側を表現する媒体は他にはない。ゆえにYU-NOのような表現方法が可能となった。
エロゲの衰退が、スマホゲームへの課金やパソコン離れと紙芝居作品への飽きが原因というのは悲しいことだが、これはどうにもならない。
エロゲを壊したのは、他ならぬ、かつてエロゲを愛したオタクたちだった・・・・彼らがスマホゲーに課金したことから衰退が始まっていた。
いつかエロゲが、再び、「抜く」だけのものではなく、最強の文学作品として復興するのを願い続けたいと思う。