土曜の朝。なんとかエアコンは12−14時の間に配送、できれば13時ごろ、と決まり、これならなんとか11時前に病院に行けば、大丈夫かなと思いながら、疲れた体を動かしていると、9時に病院から電話。「ハルくんの呼吸が停止しました。今蘇生できないか処置しています」と言われて「すぐに行きます」と、本当にすっぴんのまま駆け出す。とはいえ1キロ走り抜く体力もなく、ついた時には先生が「心肺停止しました...」
先生は夜中ずっとついていてくださったのだと。それで7時ごろに看護師さんと交代されて、一旦ご自宅(多分お近く)に戻られて、食事やシャワーを済ませて、8時ごろに戻られて。でもその時にはまだ生きていたらしい。ただ流動食を流し込もうとした時にとても嫌がったので、管は外して。そして他の患畜さんの様子を見たり、準備をされたりしていたら、ハルの呼吸が止まっていた、、、そうです。
少し前から「自宅で点滴は考えられませんか?」と打診されていた。そのほうが患畜にも飼い主にも物理的そして金銭的負担も軽くなりますし、もちろん練習は一緒にします、と。でも、普通の投薬さえ苦手な人間が、針を刺す、しかも1人で?いや、それは無理ですー、ということでずっと、まあ逃げていた。でもそれって一番しんどいところを病院に丸投げしてたんだなと、その時気がついた。そもそも今回入院させた時に、やっと「これで退院してきたら、自分で点滴できないとまずいんじゃないかな」とは思ったのだけれども。。。なんか色々、ハルにも病院にも申し訳なさすぎて、そして最期に間に合わなかったことが悲しすぎて。せめて昨日連れて帰っていたら...!
でも先生は「Mariaさんは十分に一生懸命手を尽くされましたよ。日々の通院も大変だったと思います」とおっしゃってくださった。体を綺麗にしていただいたハルが診察台の上に置かれる。触るとまだ少し暖かくて、いつものように柔らかくて。口は閉じて目は開いてた。入院中の診療内容と金額は先生ご自身が説明されて、お会計は落ち着いた後日でも良いですよ、とのことだったけれども、これ以上ご迷惑をかけるのは、と思tたのですぐに会計して、できる限りのお礼を伝え、ハルをキャリーにしまって泣きながら帰る。
うちでキャリーから出した時に、見開いた目とわたしの目があった気がして、本当に死んでるのかなって。だって柔らかいし、冷たくない。でも動かない。目は閉じられるよう、静かに押さえた。点滴のテービングを外したら、しっかりと剃毛している腕に赤い跡が痛々しい。その傷はもう片方の腕をそろえて置いてそっと隠す。そして前にちょっとだけ調べた東灘の山の方にあるペット霊園に電話して、立会火葬をお願いする。夏のはじめだし、そのまま土曜にお願いしなければならないものかと思ったのだけど、冷房の効いた部屋でお腹などに保冷剤を当てながら安置しておいていただければ大丈夫ですよ、今晩はゆっくりお別れをなさってください、明日の14時にお迎えに上がります、と優しく言っていただく。「その子が寂しくないように、お手紙入れたり、お写真入れたり、ちょっとしたおやつも一緒に入れていただくこともできます」本当に優しく教えてくださった。
実家や水曜日にバーで飲んだ親しい友人、5月に急遽上京をキャンセルして会い損ねた東京の友人などにラインや電話でハルが亡くなったことを連絡する。
夕方来てくれた友人が、花束をくれた。仮安置しているハルの横においたら、本当に眠っているようにしか見えなくて。淡々と色々な作業を続けながら、折に触れて撫でていました。
日曜もいい天気。朝にはいつもお願いしているベアーズさんが来られて、ハルが土曜息を引き取ったことにびっくりされる。2週間前には「ちょっと元気になったみたいですね」と喜んでくれたところだったので、尚更びっくりしたのだろう。ハルには「頑張って虹の橋を渡るんだよ」と声をかけてくれた。
そして13時50分ごろに、インターホンが鳴る。ああ、来られたのかなと思ったら、会社の後輩からのフラワーアレンジメントだった。そこでまた涙腺崩壊。アレンジメントと一緒に写真を撮ってあげていたら、携帯に電話。「今下に到着しました。ゆっくりで良いので、よろしくお願いいたします」とのことで。
その時わたしはハルに言いました。
いよいよTime to Go やね、ハル
次回をラストにします。昨日までの記事読み返したら、ちょっとした間違いやいくらなんでも固有名詞出し過ぎ、があったので訂正しました。