テレビで團十郎さんの追悼の儀をたまたま目にし、感銘を受け調べてみました。
「空即是色 色即是空」
これは、般若心経の中にある、色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)の部分。
色はこの世の物質的なものや現象のすべて、空はエネルギー的存在、目には見えないがこの世の現象の根拠であり本質でもある。
すべての存在はそのすべてをエネルギー的存在によって規定されており、それによってこの世の物質的存在として現れる。
この世の存在はあると見えるが永遠にこの世にとどまることはなく、エネルギー的存在(宇宙)へと帰ってゆく。
目には見えないエネルギー的存在があらゆる存在の本質であり、人間もエネルギー的存在である。
それが本質であるが、魂修行のため、この世に仮の姿である肉体を持って生まれてくる。寿命が尽きると、故郷でもあるエネルギー的存在(宇宙)にもどってゆく。
釈迦の十大弟子の一人。智慧と徳に優れた。
「色即是空」:形として存在しているすべてのもの(色)には永遠に継続するような実体などはない(空)、ということを意味している。
「空即是色」:「空即是色」を逆に考えてみると、永遠に継続すべき実体がない(空)からこそ、瞬間的には一定の形あるもの(色)として存在する、と言うことになる。
仏教の基本的な教えの中の一つに、無常観と呼ばれるものがあり、この世の中にあるすべての存在と現象は、一瞬たりとも同じ状態にとどまることはなく、常に変化し続けるということ。
「諸行無常」「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり…
[平家物語]
「ゆく河のながれはたえずして、しかももとの水にあらず、よどみにうかぶうたかたはかつきえかつむすびて、ひさしくとどまりたるためしなし。よのなかなるひととすみかと、またかくのごとし…」
「方丈記」無常観を感じさせる有名な句。「無常」という言葉から、すぐに死とか消滅とかいったことを連想されますが、無常とは、否定的・消極的なものだけを意味するものではなく、成長・発展・進歩といった肯定的・積極的な面も含んだ思想。
現実の世の中を、あるがままに冷静に見つめた上で、ではどのような目的を持って生きていったらよいのか、を深く考えるための出発点。
このように、あらゆる存在や現象には実体がない、ということを見極め時に、私達は、そんな実体がないものに執着することが、いかに空しいものであるかに気がつく。そのことを教えようとするのが、このお経の目的といってよいでしょう。
これは、ネットから引用させて頂いたものですが、、、
色と空を解りやすく植物で例えると。
四季を楽しませてくれる花々も、元は宇宙であるエネルギーが作り出したもの(空)であり、そして大地と水から産み出され、根を張り枝をつけ綺麗な花という形を咲かせた(色)である。その色が集まり、品種改良がなされたくさんの草花が存在する。
私たちが過ごす毎日に置き換えてみる…
日々の時間を過ごしながら、私たちは、沢山の悩みを抱えながら生きていている。
けれど、同じエネルギー的存在から生まれた人間という形ではあっても、それぞれの色があり造られているもの。
そう考えると、色(意識や価値観)が違うものが集まって出来るのは当然。エネルギーである宇宙からすれば、とても小さなものであって、色の違いに固執し悩んでいること自体がナンセンスであり、そこから抜け出られない自分がちっぽけに思えてくるかも(苦笑)。
まさに、
「泣くな、はらちゃん」だ

日々、精進
市川團十郎さんのご冥福をお祈りします。
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