最近、「死」について考える。
戸籍にも載らず、生まれて数ヶ月で虐待され亡くなった子
事故に巻き込まれ亡くなった人
若くして自死を選んだ人
老いて孤独死をした人と
大往生で家族に見守られて死んだ人
どの人生が、1番幸せ?
どれか1番不幸?
…死に方だけでは分からない。
自死以外で、自分の死に方を選ぶのは
難しい。
何よりも、他人がその人の死に方だけで
その人の人生を決め付けるのは浅はかだ。
でも私たちは死の情報ばかりを受け取る。
死ぬことは怖くて恐ろしくて
1番避けなければいけないもののように。
それにより、日常は死なない為の
行動ばかり。
健康であるように、
食事に気をつける。
事故に巻き込まれないように
たまに神様にお願いする。
お金が無くならないように
仕事をする。
1人にならないように、
人間関係を築く。
でも「死」が、本当は突然で身近で
自分ではコントロールの出来ないもの
だとしたら。
死に方は人生の「。」なだけで、
大切なのはそこに書かれた
文章なのだとしたら。
私の日常はどんな形になるのかな。
死なない為に生きるのではなく
生きる為に生きるのでも無いとすれば
何のために生きるのか。
それが持てる人は
「何のためなら死ねるのか」
も持っているのかもしれないな。
今日は「恋空」を観ました。
思ったより映画の新垣さんがハードな経験をしていてびっくりしました。
暖かくて素敵な映画でしたね。
