昨日は、これからはじまる新プロジェクトについてのミーティングがあって


中学生、高校生の頃の自分ってどうだったかな~~って振り返る機会をもらいました~


私は14歳になる年までブラジルに住んでいました。


父は仕事でブラジルに赴任し、母は家族でブラジルに移住。


二人は地球の反対側で出逢い、結婚し、私が5歳のときに父は日本の会社を辞めて


ブラジルに永住することを決めたそうです。


ところが、母の直感で、私が15歳になる前に


日本に引っ越したほうがいい、って思ったらしく


父母にとっては、日本に”帰る”


私にとっては、日本に”引っ越す”


7歳下の弟にとってはどっちでも~


そんな感覚だったと思う


決めた両親はもう前しか見ません(笑)


父は会社を辞め、家、車を手放し


家族4人、それぞれ1個ずつ、赤いスーツケースを持って


いざ北半球へ、日本へ


自分の今の行動はきっと親ゆずりだと思う


ブラジルに住んでいた頃、まわりの日系人はほとんどが


現地の学校+日本語学校に通っていました。


けど、私は日本語学校に通うのがすごく嫌だったので通いませんでした


どうして嫌だったのか、、全然わからないけど


なぜかすごく嫌だったな~


そんな私に、両親は日本から 


小学館の小学1年生 とか、小学2年生 とかの雑誌を取り寄せてくれたり


カルタなどで、日本語にふれる機会をつくってくれていました


そんな感じだったので、14歳で日本に来ることが決まったときは


ひらがなとカタカナだけは知っていました~


当初は、インターナショナルスクールに入学する約束でしたが


日本に来たら、親戚一同から


せめて義務教育は公立の学校を出ておいたほうがいい


ということになり、父の出身地である沖縄の小さな島の中学校に


いきなり入学することになって、、、え~~~もうびっくり!!


こんなに、日本語学校を拒んで、日本語を勉強するのを拒んできたのに~


ブラジルでは、大きくなるにつれ


家では日本語とポルトガル語を混ぜて会話していたので


日本の学校にいきなり行っても、みんなが何を言っているのか


なんとなくしかわからないし、漢字はほんとうに一つもわからないし


ちんぷんかんぷんな日々のはじまり


ただでさえ、ボケっぷりがすごいのに


さらに、ボケボケボッケーな日々がはじまりました


ありがたいことに


担任の先生が小学校1年~6年までの国語の教科書をあつめてくれて


放課後、一から教えてくださいました


ちょっと慣れてきた2ヶ月後くらいに、その小さな島から那覇に引っ越すことになり


うわ~~~また一からだ~~と、その頃はもういっぱいいっぱいでした~


那覇に引っ越して、新しい学校に入学した最初の日


一番後ろの席に座っていたら、前のほうから


次々に手紙が渡されてきてました。


いっぱいいっぱい、自信ない、ネガティブになっていた私は


なんで~~~


読めないって知ってるのに~~~


なんで、手紙くれるの~~~


みんないじわるだ~~


って、涙が止まらなくなって


途中で帰ってしまいました


家に帰って、もう学校に行きたくないってすっごい泣いて


1週間学校にいきませんでした。


両親が学校に相談したら、1学年下げたらどうですか?


ってことになり、どうする?って聞かれたとき


一週間も休んでリフレッシュしったし


単純なので、、、いいかも~って思って、学校復帰


ほんとうは中学2年だけれど、1年生に入学


こどもながら、自分に問いかけました


”みんなとコミュニケーションとりたい?”


”うん、とりたい”


”ならば、、、やるしかないね”


こればかりは、誰かに代わりにしてもらえない


言葉をマスターするは自分でやるしかない


だったら、ほんとやるしかない!


そこから、私の日本語を学ぶための


人生で一番がんばった3年間のはじまり。


毎日が、言い間違い、??がいっぱい


でも、少しづつわかるようになって



間違うことも楽しくなっていきました


ある日、最初に入学したときに、クラスメートからもらった


手紙たちを読んでみました


そしたら、そこには、なんと


歓迎のメッセージだらけでした


すっごい衝撃でした~~


全然違う意味に受けってしまって


みんなごめんなさい!!って心から思いました


無我夢中で日本語を”暗記”した中学校時代

(暗記した日本語をこんにちまで紐解います)


まわりのみんながとても優しく、母は全教科書にカナをふってくれたり


たくさんの人が助けれてくれました


そのおかげで、成績はよく、スムーズに高校にも入学


ここで私が学んだのは


成績がいい=賢い ではないこと


出来事をどの角度から見るかによって見える世界が180%変わること


自分でしかできないことがあること、


自分でしかできないことを無我夢中でやっていたら


まわりが助けてくれること、たくさんのサポートがやってくること


そのおかげで、もっともっと自分もがんばれること


ハッピーの連鎖がおきるんだと感じました


そして、できなかった自分が何かをできるようになったら


それが誰かの勇気につながること


こどもながらに感じさせてもらいました


すべてはほんとにうまくいっている


てんつくマンも


TEAM AHOも


自分たちのチャレンジが


誰かの勇気や幸せにつながることを知っているから


チャレンジし続けています


そんな彼らからまた刺激をもらって


私もやりたいことをやってみようと勇気をもらっています


てんつくマンのプロゴルファーになるまでの学びや日々をつづった

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昔の写真は全部実家にあるんですが
友だちが小学校3年生のときの写真をアップしてくれました




私らしいな~、、目つぶってる~~

昨日も今日もにじゅうま~る