今日のミラノは先週とは打って変わって一気に夏日。
これまで開けっ放しで何とか過ごせていた会社も
さすがにエアコンを入れないとやってられないくらい。
ミラノは日本ほどではないにしろ、ヨーロッパの中でも湿気が強い。
そのせいか、朝は牧場の香り(ミラノの中でも割と郊外に住んでいるため田園風景が目と鼻の先)が涼やかで心地よいが、
日中はその湿気が肌にこびりつくよう。
エアコンは最悪無くても湿気をとるものがほしい。。
さて、イタリアで声楽家をやりつつ、革小物やバッグ生産を扱う会社で働きながら
生計をたてているわけだが、
それ以外にも個人的に頼まれて家庭教師で日本語を教えている。
先週末から夏休みに入ったという中学生のJくんはイタリア人と日本人のハーフ。
日本語は100%問題なく話すが、読み書きが苦手とのことで、
去年の冬から一緒に勉強している。
そんな彼は今ミラノの中でも進学校に入る学校に通う生徒で、
公立の学校がお昼の13時に終わるのに対して、毎日16時までの8時間目授業をこなしている。
自宅から学校が遠く、日本語の日は学校までお迎えに行くのだが、
いつも疲れ切って学校から出てくるJくん。
子どもの将来のことを真剣に考えて親が決めたとは言え、
毎日一生懸命頑張る子供は偉いと思う反面、
子どもをどういった環境に置くのかという親の判断の責任重大さを
改めて痛感する。
毎日16時まで学校で疲れるほど勉強してくる彼と、
公立の学校でお昼過ぎに終わり、自由気ままに過ごす子供たち。
まだ自分で選択するという力がなかなか持てない年代の子供でさえ
これだけの格差があるのかと思うと、
考えさせられるとともに恐ろしくさえ感じる。
もちろんどのような環境であれ、芽が出るものはでるし
出ないものはでない。
厳しい環境でこそ育つ種もあれば
おおらかな環境でこそ活きる種もあるわけで。
親はどのような気持ちで、
自分のことを想って懸命に働きながら育ててくれたのだろうと
31歳にして、もう子供がいてもおかしくない年齢で
ふと考えさせられた。