中読日記、改め、おいらはハードボイラー

中読日記、改め、おいらはハードボイラー

ハードボイルド、冒険小説好きの読書日記です。

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村上春樹さんの「ラオスにいったい 何があると いうんですか」を読んだ。





ずっと昔読んだ「遠い太鼓」もそうだったけれど、
村上春樹さんのこうした紀行文を読むと、
ほんとに旅にでたくなる。


今回は夫婦二人の旅というか異国暮らしの「遠い太鼓」より、
編集者といっしょの旅も多く、
その分リラックスして、旅を楽しんでいる感も強い。


一押しのボストン、
おいしいもの推薦の2つのポートランド、
ニューヨークのジャズクラブ、
メコン川河畔のルアンプラバン。


どれも読んでいるうちに遠い太鼓が聞こえてくる。

新聞や週刊誌の書評がいいので、
買って読んでみた。





かつて中高時代にはまった作家の一人なので、
今でも新刊は気になる。


神との対話劇のような内容で、
途中、筒井ならではのメタ小説的なところもあるが、
かつての「ベ観光」の大ファンとしては、
う~ん、というところ。


でもまあ、楽しく読めました。

江戸にもどって坂崎姓に戻し、
尚武館を営む磐音だが、
田沼意次との最終決戦が近づきつつある。

その戦いがどう描かれるかが、
このシリーズの最後の見せ場になると思うのだが、
史実との兼ね合いもあって、
なかなか難しいところだと思っていた。



この46巻で史実通り意次の息子の意知が、
江戸城で佐野善左衛門に切りつけられ命を落とすのだが、
磐音方の動きが裏方的で、
余りクライマックス的な盛り上がりはないまま、
終息しそうな展開になっている。

磐音の生き方、剣の作法など、
初期の青年磐音がすばらしかったので、
思えば全刊読み続けてきたが、
そろそろ卒業の時もやってきそうだ。
明治から昭和にかけての文豪達を主人公にし、
その小説世界をパロディ小説にして見せているのが、
東郷隆さんの「そは何者」という短編集だ。




例えば有名どころでは、
川端康成の「伊豆の踊子」を踊り子を主人公にして、
小説家の姿を描いているのが「学生」という短編。
ちょっと不気味な学生が旅の一座につきまとうお話で、
名作の裏側をいかにもありそうなお話に仕立てている。

でもこの短編集の真骨頂は、
大仏次郎や泉鏡花、谷崎潤一郎あたりの、
耽美的作家を主人公にした幻想奇譚だろう。

特に関東大震災を描いた、
大佛次郎を主人公にした「予兆」や、
泉鏡花とあやかしのものとのふれ合いを描いた表題作「そは何者」
森鴎外を百物語の世界に引きこむ「飾磨屋の客」あたりが、
読んでいてもどんどん引きこまれる面白さだった。

最近、森見登美彦さんが京都を舞台にした、
楽しい幻想奇譚を書いているが、
それのもっと本格版といってもいいし、
村上春樹さんの「女のいない男たち」の中の、
「木野」あたりもそういう流れともいえる。

この短編集のなかでも繰り返し、
自然主義文学派に耽美的な文学者たちが迫害されているのだが、
やはり文学はリアリズムだけでなく、
こうした虚構を描いて読ませることが、
真髄かもと思わせる小説になっている。
最初にこの小説を読んだのは高校か大学時代なのだが、
最初に読んだ「ライ麦畑でつかまえて」ほどあまり印象に残っていない。



今回村上春樹訳で読み返してみて、
2つの点が面白かった。

一つはワイズ・チャイルド・コンプレックスというコトバ。
「ライ麦~」もその傾向にあるが、
頭のいい子供が社会にうまく適合できない、
という神経症的なストーリーが印象には残っていた。

この本では、
明確に不適合のことが主人公のセリフにもなっていて、
こんな主張だったのかと驚いた。
例えば、ズーイが妹フラニーへの会話の中で
「~おまえはえらそうな顔をしたろくでなしで、
おまえの家族は精神異常者とサイコパスの神童集まりだというのを、
おとなしく傾聴していたんだ~」
とか、
「僕らには『ワイズ・チャイルド』コンプレックスがとりついている」
とか言っている。
今回は、『ワイズ・チャイルド』コンプレックスに、
共感を持って読めさえできた。
そういう意味でもとても面白い小説として読むことができた。

もう一つの面白さは、
村上春樹の小説にでてくるコトバが出てくること。
リトルピープルやシステムというコトバが、
この翻訳にはけっこう出てくる。

村上春樹ワールドは、
やはり奥が深いことを改めて感じた一冊になった。
ポケミスのデニス・ルヘインの「夜に生きる」を、
この土日に一気に読んだ。




ボストンからフロリダのタンパへと舞台を移しながら、
禁酒法下のアメリカの若くて有能なギャングの、
愛と暴力の日々をスリリングに描いたクライム・ノワールの大作である。

これまでのルヘインといえば、
映画の原作になった「ミスティック・リバー」が有名だが、
私が好きなのは私立探偵パトリック&アンジーのシリーズである。

今作は、全く趣を変えて、
禁酒法、不況、腐敗警察、KKK、ギャング抗争・・
いわばアメリカの暗黒時代の歴史小説にもなっていて、
ジェイムズ・エルロイの『L.A.四部作』や、
ドン・ウィンズロウの「犬の力」と、
真っ向勝負を挑んだというか、
作家の真価を問われる作品を狙ったものといえるだろう。

帯には、「ベン・アフレック監督映画化決定」とあって、
原作をどう料理してくれるのか、
いずれまた楽しみだ。
マイクル・コナリーは出版されれば必ず読む、
好きなハードボイルド作家の一人だ。
この「ナイン・ドラゴンズ」も今年1月には読んでいるのだが、
これまでのコナリーの小説とは毛色が違う、
なんというか荒唐無稽というか荒々しいストーリーで、
いい感想を書けない感じなので放置していた作品だ。



ロスの中国マフィアがらみの殺人事件を捜査している最中に、
娘が香港でさらわれるという事態が発生する。
ロス市警のボッシュが香港へ乗り込んで、
捜査というより拳銃片手の大暴れという進行で、
これまでの緻密なプロットと伏線で構成されている、
コナリースタイルからすれば、
ずいぶん乱暴さが目立つ。
いわばスティーヴン・ハンターかという感じである。

コナリーもハリウッド受けを狙って書いたのだろうか・・・。
出版前から北海道の町名で話題になっていたこの本。
4月に出版されてすぐ買って読み始めていたのだが、
最初の2つの短編を読んで、うんっ?と言う感じで、
結局連休で読み終えていたもの。



特に「イエスタデイ」は、
ビートルズの楽曲から取った題名からして、
作者自身による「ノルウェイの森」のパスティーシュか、
中に登場する大阪弁の「イエスタデイ」を思えばパロディか、
という感じで、さすがハルキストとしても、
余りいい感想を持たなかった。

それでも連休で時間もあったので、
最後まで読んでみたら、
後半の「シェラザード」と「木野」の二つが、
村上春樹ワールドで、すごくいい。

とくに「木野」は、
舞台設定や主人公の心の動きに引きこまれる。
静謐で慎み深いけれど、
でもそのままでは終わらないという世界観も。

そのうちに、
この短編を長編化したものも、
出てくるかもしれない。
そんな余韻をひく2編だった。

ポール・オースターはかつて人からいいよと言われて読み始めた経緯がある。


もちろんニューヨーク3部作といわれる初期作品から読んだのだが、

正直あまりその良さがよくわからなかった。


ポール・オースターは一時期、日本のインテリ層に愛された作家でもあったので、

わからないとはなかなか言えない作家でもあった。


でも長編の「偶然の音楽」あたりから面白いと思いはじめ、

「リヴァイアサン」「ティンブクトゥ」や、

「ミスター・ヴァーティゴ」「幻影の書」とどんどん読みやすくなり、

すごくストーリーテラーだなと思うようになった。


初期の短編に作家としての力量を見抜いている人は、

本当に本読みだな思う。


最近、柴田元幸さんの新訳を見かけたので、

かつて読みにくいと思っていたのが、

少し違っているのかもしれないと思って、

「ガラスの街」を再読してみた。





ご存知の人には言うまでもないが、

この小説は探偵小説風の体裁で書かれているが、

全く探偵小説ではなく、

実験的な文学作品である。


まず作家である主人公が他の人物に成りすますことから始まり、、

さらに尾行する人物が書いたとされる著書とその世界観があり、

成りすました人物がポール・オースターその人であったり、

そのポール・オースターが書いていると語る、

セルバンテスと「ドン・キホーテ」の関係が主人公に影響を与え、

最後のほうにいきなり文中に書き手本人の意見が出てきたりするので、

読んでいる方も必然的に混乱するようになっている。


あとがきに柴田さんが書いている、

この作品の『透明感あふれる文章』とか、

『独特の非在感がある文章』とかあるので、

おそらく原文ではそういう文学性が高いのだろう。


再読しては見たが、

やはり後期の長編の方が読みやすいし面白いという、

これまでの思いが変わることはなかった。


でも、3部作の次の新訳が出たら、

また買って読むだろうなとは思う。



テレビドラマでも大ヒットした銀行員半沢シリーズも面白かったが、
直木賞を受賞した本作も、読み出したら止まらないほど面白い。
しかも、わかっていても泣けてしまうぐらい、
感動できるように作ってある。




主人公の前に次から次へとビジネス上の敵が現われる。
追い詰められる寸前に、お助けキャラが出てきて、
悪い奴らはそれなりの罰を受ける。


小気味よくストーリーは進んでいく。
読んでいて、もう少し逆境が続いてもいいなと思うぐらいだが、
その分ストレスをためずに読み進めることができる。


昔のやくざ映画は、これでもかというくらい、
途中まで悪い連中に主人公たちがいじめられるのだが、
見ているこちらまでつらくなるし、
しかも反撃をしないで我慢を続けているうちに、
取り返しのつかないところまで行ってしまい、
カタルシスでも、主人公たちまで深手を追う。


この小説はそこまで行く前に悪者に対抗するので、
そういう余計な傷は負わないで済む。


このストーリー展開は、
13回のテレビドラマ的でもあるし、
明快で共感を呼ぶ登場人物たちのキャラ設定、
エンターテインメントとして伏線のはりかた、
だんだん揺れ幅が大きくなる各章のプロット作り、
敵の中にもあっぱれなキャラもいるし、
味方の中に実は・・的なツイストも効いている。
最後は、家族愛や友情、信頼が勝利する。


とにかく読む人を楽しませることをよく知っている作者であるし、
日本的エンターテインメントのある意味頂点かもしれない。