「幸せへの水先案内人」あかい 光之助のきょうの本気(マジ) -204ページ目

「幸せへの水先案内人」あかい 光之助のきょうの本気(マジ)

ご自愛心理カウンセラー パワハラ 恋愛 精神疾患 鬱等真剣に対応いたします。 人生 一寸先は幸せ、振り返れば花園

こんばんは、光之助です☆


今日は昨日のこと が気になってほとんど寝ていませんが


実家に電話してしまいました。


電話に出たのは母でした。


もうすでに寝ていたそうですがわざわざ電話に出てくれました。



昨日、妹夫婦と両親できちんと話をしたそうです。


今回の件で一番怒ったのは母でした。


いつもは邑楽かで優しい母ですが今回ばかりは怒ったそうです。


「なんで早くそうだんせんとね」

(なぜはやく相談をしなかったのか)


いきなり言われても話を聞く心構えも出来ていないのにって感じだったそうです。


しょうがないといった感じでしたがやはり


「順序と言うものがあるんじゃないか」といった思いがあったそうです。


そうは言っても3人目が出来た時点で


「どうするんだろ~」って父と話をしていたらしく


何かあったら協力はするつもりでいたそうですが。



僕に話をしておいた方がいいと言ったもの母でしたし


我が家の縁の下の力持ちって感じで


母の言ったことは父も納得するほど説得力がある母です。


今回のことで僕の今の気持ちを母に聞いてもらいました。


僕の言わんとすることはわかってくれました。



「まあ、やってみるしかないたい、どうのこうの言っても


今の妹夫婦じゃやっけいけんけんね」

(まあ、やってみるしかない、どうのこうのいっても今の

妹夫婦の状況じゃやっていけないだろう)


何もかもお見通しって感じです。


僕は、何かあるとよく母に電話していました。


そのたびに「なんとかなるやろ、がんばりんしゃい」っと

(なんとかなるから、がんばってやりなさい)


いつも言ってくれました。とても元気のでる言葉でした。


僕が福岡の田舎をはなれ東京に上京したときも


毎月、手紙を2年程もらった時期がありました。


書いてあることはいつも同じ様なことが書いてありましたが


結構、癒された気がします。



僕は東京の出てきて23年たちます。


2年前に知ったのですがいつか母の知り合いに会ったときに


母が近所の人とか知り合いにとか何かの会合の時に僕のことを話してくれていたそうです。


息子が東京でがんばっていることを誇りのように話していたそうです。


たまに実家に帰って母の知り合いにあうと


「がんばってるそうだね」ってよく言われた覚えがります。



いつも気にしてくれている母がいつもいました。


結婚してからは妻宛に宅急便がきたり


妻の誕生日には電話をくれたりしてくれます。


息子の誕生日はたまに忘れるのですが。



そんな母が「何とかなるやろ」って言っているので


妹夫婦のことは母にまかせようと思います。


電話を切る寸前には



「寝る場所はちゃんとあるけん、いつでも帰ってきんしゃい」

(ねるところはちゃんとあるから、いつでも帰ってきなさい)


と言ってくれました。


「おふくろ、ありがとう」


感謝してもしきれませんが、年に一度は実家に顔をだそうと

思いました。


今日はゆっくり寝れるかな!!!!!!


いつも最後までお読みくださってありがとうございます。
心からの感謝と愛をこめて・・・光之助☆


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