嫌な思い出
ある方のブログにコメントしようとして人のところに書くことではないと思い、自分のところに書くことにしました。こんなことを書いてもしょうがないのですが・・・苦しい人のヒントになればと思います。私はバツイチで、前の家庭で酷い目にあっていました。実の家族であったにもかかわらず、です。人間が違ったんです。正しいと思うことも、良しとするところも。今思うと元旦那は相手を傷つけること=愛すること、という感性でしたね。私が嫌な顔をすると、とてつもなく喜んでいました。当時はそれに気づいていませんでした。精神的DVから逃げることを知らない妻でした。なぜ自分がこんなにもしんどいのかなぜ繰り返し病気になってしまうのか病気になっても怒鳴られるのか現在、音信不通になってしまった長男もそれに乗っかりました。父親を見本として、そこにすげ替わろうとしていました。こういう人間は飽くことなく搾取することだけを目的とし相手のことなど、全く思いやることなく自己の満足のみいくら努力をしてあげても底なし沼ただ疲弊するのみ未来はありませんどんなに良くしてあげても相手に響くことはありませんだって、そもそも人間が違う相手に影響を与えることを面白いと感じている短絡的に、いとも簡単に影響を与えうること=傷つけることすぐに傷つき、さらに求められるまま動く便利人間を手に入れて元旦那は超ラッキーだったことでしょう私の努力はどこにも実績を残さず、ただ元旦那がラッキーだっただけ愛する(と勘違いしていた)家族のために、私は便利人間になってしまっていたんです。20年以上も費やして、そのすべてが無駄だったと気付きました本来なら切磋琢磨して、お互いを高めあうことが良い関係なのではないでしょうか最後に単なる勘違いかもしれませんが長男が激しく私を攻撃したのは母親である私をあの家庭から逃がしたかったからではないかと思うことがありますあんなに大切に可愛がって育てたのに、とずっと悔やんでいましたが長男も無意識だったのではないでしょうか「おかあさん、いかないで」と言えば、残っていた可能性があったのですから実子は実子継子はよその女の実子継母になってうまく行くわけないと知りながら、淡々と努力しオカン想いのジナンに支えられてこの選択は私の「意思」である選ぶ自由があることを忘れないようにしたいです