平成28年度日本大学獣医学会講演資料
猫の甲状腺機能亢進症
~診断・治療に迷うケースの考え方~
Hyperthyroidism in cats
How to make a diagnosis and a treatment of the subclinical status
難 波 信 一
マーブル動物医療センター
多くの内分泌疾患は疾患状態とそうでない状態の区別が困難な場合が多く、いわゆる”グレイゾーン”の広い疾患群である。“無症候性 subclinical”とは、疾患の初期あるいは実際に疾患状態であっても明らかな臨床症状や兆候が認められない状態を指し1)、”オカルトoccult”とは、その疾患以外の因子によってマスクされた状態を指す2)。このような状態は、区別するのが極めて困難な状態と言わざるを得ない。特に甲状腺の機能は様々な生理反応や疾患に影響される器官であり、微妙な場合には診断や治療に苦慮することが多い。安易な診断/治療は結果的に病態を複雑化させる可能性が高いことから、臨床獣医師は疾患に精通しておく必要がある。
本講演では、1)無症候性とオカルト甲状腺機能亢進症、2)無症候性甲状腺機能亢進症の診断 3)無症候性ならびにオカルト甲状腺機能亢進症を診断する上での問題点、4)無症候性甲状腺機能亢進症に治療は必要か?の4点について論じる。
1)無症候性甲状腺機能亢進症とオカルト甲状腺機能亢進症
“無症候性”甲状腺機能亢進症とは、臨床検査上に異常が認められるものの、明らかな臨床症状がないものを差し、甲状腺機能亢進症の初期ステージと考えられている。ヒトでは、T4、fT4、T3が正常範囲にありながら、TSHが低値な患者を無症候性甲状腺機能亢進症と定義しており、TSHは不完全にしか抑制されていない1)。一方、明らかな甲状腺機能亢進症では、TSHは完全に抑制されている。では、猫に軽度の甲状腺機能亢進症が存在するのかどうかを考えてみる。甲状腺機能が正常な状態から亢進状態になるのは段階的であり、必ず初期ステージが存在するのは明白である。もちろん、極めて初期の甲状腺機能亢進症では、特徴的な臨床症状は一切認められない。
“オカルト”甲状腺機能亢進症”とは無症候性甲状腺機能亢進症とは異なり、併発疾患などの他の因子によって、T4、fT4が実際よりも抑制されている状態を指す2)。すなわち甲状腺機能亢進症が生理的な反応によってマスクされている状態と言うことができる。従って、併発疾患や甲状腺ホルモンを抑制する因子を取り除けば、甲状腺機能亢進症が発現する。言い換えれば、無症候性あるいは軽度の甲状腺機能亢進症を診断するには、併発疾患などの他の因子の除外が必須ということになる。
2)無症候性甲状腺機能亢進症の診断
猫の甲状腺機能亢進症を診断するのに、感度が最も良い検査は甲状腺の触診である。また、食欲の如何にかかわらず経時的に体重減少を示すのが一般的である3)。従って、臨床検査に進む前に、十分な身体検査と病歴の聴取を行うのが最も重要である。
無症候性甲状腺機能亢進症を含め、猫の甲状腺機能亢進症を診断するには、表14)を参考にしてT4あるいはfT4とTSHの組み合わせが良いが、検査の利便性からT4とTSHの組み合わせを筆者は好んで用いている。猫のTSHを測定する方法は確立されていないが、現在のところCLIA法による犬の測定系が猫のTSH濃度を評価するのに有用であると報告されており5-7)、現時点で広く用いられている。
明らかな甲状腺機能亢進症では、T4の高値とTSHの検出限界以下で確定診断ができるが、無症候性ではT4が基準値内でTSHが検出限界以下のことが多い。実際、TSHが測定限界以下の患者は、検査後14ヶ月以降に甲状腺機能亢進症発症のリスクが増加するという報告もある5)。
3)無症候性ならびにオカルト甲状腺機能亢進症を診断する上での問題点
ここで問題になってくるのが甲状腺ホルモンの生理学的挙動である。通常、何らかの疾患に罹患している場合、体内の代謝を落とすべく、甲状腺ホルモンは抑制されることが多い。無症候性あるいは軽度の甲状腺機能亢進症で、しかも併発疾患があれば、T4、fT4濃度は容易に基準値内へと入っていく7)。従って、併発疾患を治療した後に甲状腺機能亢進症が発現したとは、よく聞く話である。従って、このような場合には、併発疾患を治療した上で無症候性あるいは軽度の甲状腺機能亢進症を診断する。シンチグラフィーが容易に実施できないわが国では、最も感度と特異性が高い検査、すなわちT4、fT4-ED、TSHの測定を採用すべきである8)。
T4とTSHでオカルト甲状腺機能亢進症が疑われた場合、fT4を加えれば診断精度を上げることができる。しかし、fT4の感度は良いが、T4に比べて特異性が劣ることから、初期の単独項目として用いるべきではない8)。
4)無症候性甲状腺機能亢進症に治療は必要か?
無症候性甲状腺機能亢進症に治療を開始するかどうかは、賛否両論があるが1)、猫とヒトでは考え方が異なる。これは甲状腺機能亢進症がヒトでは抗TSH受容体抗体によるTSH受容体刺激によって起きるGrave’s病(Basedow’s病)が最も多く、猫では結節性甲状腺腺腫によるものが最も多いことに由来する。甲状腺に発生した結節は時間とともに腫大化することから、無症候性甲状腺機能亢進症が疑われた猫は、1ヶ月後の身体検査(体重、心拍数、甲状腺の触診など)に加えて、T4、fT4-ED、TSHの測定を行うのが理想的である。安定していれば3-6ヶ月毎に検査を繰り返し、臨床症状発現、触知可能な甲状腺結節、T4の上昇などが認められれば治療を開始するかどうか再考する。
オカルト甲状腺機能亢進症の場合、併発している疾患にかかわらず、体重減少、筋肉量の減少、頻脈などがみられる。また、併発している疾患をコントロールすれば、甲状腺機能亢進症が顕著化する。例えば、臨床の現場で多くみられる甲状腺機能亢進症と慢性腎疾患(CKD)が合併している病態では、片方を治療すると、もう片方が悪化するという理不尽さを孕んでいるため、個々の患者で治療方法、治療の程度を熟考して対処する必要がある。
治療方法には、抗甲状腺薬、甲状腺摘出術、放射性ヨウ素による治療があるが、特に無症候性甲状腺機能亢進症に対しては、過剰な治療を行ってはならないことを肝に銘じておくべきである。
まとめ
1. 無症候性甲状腺機能亢進症とオカルト甲状腺機能亢進症の鑑別が重要である。
2. 診断はT4とTSHで行い、疑わしい場合にはfT4-EDを追加する。
3. TSHが検出限界以下の猫では、甲状腺機能亢進症のリスクが増加する。
4. 経過観察を行う際には、体重と心拍数の測定、甲状腺の触診が必須である。
5. 治療の可否については、個々の症例で熟考する。
表1.猫の甲状腺機能亢進症を診断するための各種検査項目:感度と特異度(Peterson et al 7)を改変)
|
測定項目 |
感度 |
特異度 |
|
総T4濃度 |
82% |
93% |
|
総T3濃度 |
20% |
97% |
|
遊離T4濃度 |
90% |
80% |
|
TSH濃度 |
95% |
65% |
|
総T4+TSH濃度 |
93% |
99% |
|
遊離T4+TSH濃度 |
95% |
99% |
|
シンチグラフィー
唾液腺との比 |
96% |
99% |
|
シンチグラフィー
背景との比 |
85% |
99% |
略語
T4:サイロキシン、fT4:遊離サイロキシン、TSH:甲状腺刺激ホルモン、fT4-ED:平衡透析法を併用した遊離T4の測定、T3:トリヨードサイロニン
※本文中のT4,fT4、TSH、fT4-ED、T3については、血中濃度を省略してある。
参考文献
1) Cooper, D. S., et al. Lancet 2012 PMID: 22273398
2) Peterson, M. E., Probl Vet Med 1990 PMID: 2134081
3) Peterson, M. E., J Am Vet Med Associ 1983 PMID: 6874510
4) Peterson, M. E., J Vet Intern Med 2015 PMID: 26192742
5) Wakeling, J., et al. J Vet Intern Med 2011 PMID: 21985139
6) Peterson, M. E., J Endocrinol 2014 PMID: 25297557
7) Peterson, M. E,. J Feline Med Surg 2013 PMID: 23966003
8) Peterson, M. E., J Am Vet Med Associ 2001 PMID: 11229503