一応はマラソンブログだが、たまには違うスポーツについて書いてみようと思う。
私はスポーツが苦手だった。
大人になったら二度とスポーツはしないだろうし、大学でやる必須の授業が終われば二度とスポーツはしない予定だった。
ところが今は、バレーにマラソン。
そしてブログまで設立してしまった。
スポーツをしているといつも思い出す人がいる。
伝説の教師「造ちゃん」
高校のときにお世話になった先生だ。
60過ぎで定年間近の造ちゃん(女性)。
「造ちゃんに習うと、絶対泳げるようになる。」
このことで有名だった。
当時、かなづちだった私は、こんな私でもできるようになるのか・・・と思いながら、
造ちゃんの「特別泳げない子コース」に参加し、みっちり指導を受けた。
60過ぎの定年間近の造ちゃん。
黒の水着に蛍光で「SPEED」と書いてある水着がトレードマーク。
水泳のときでも赤い口紅とファンデーション。
化粧はバッチリかかさない!
叫ぶ、造ちゃん。。
「もっとここ、こう!」
「パッ!パッ!」
生徒の息継ぎにあわせて叫ぶ。
泳いでいる途中に笑いたくなるので、ちょっとやめてほしいががんばって泳ぐ。
造ちゃんの熱心な指導に答えるべく、
多少苦しくてもがんばって泳ぐ生徒たち。
いよいよテスト。
「今まで造ちゃんに習って泳げなかった人はいない」
という造ちゃんの名誉に傷をつけてはいけないプレッシャーを感じながら・・・・
25メートルみんなが泳ぎきることができた。
左手が初めて壁についた感触は今でも覚えている。
もしも水泳が得意だったら、壁に手がつくことなど当たり前で感動なんてなかっただろう。
できないことができるようになると、心にじわっと感動が来る。
苦手なことに挑戦することは、やっぱり大切だ。
当時、定年間近だった造ちゃん。
当時、高校生だった私も三十路の足跡が聞こえる年になってしまった。
元気にしているだろうか。
造ちゃんは私が高3のときに退職した。
私が通った高校を卒業し、大学で教員免許を取り、
違う高校で体育を教えるものの、すぐに母校に戻ってきた。
人生の半分以上を私の高校で過ごした。
うまく言葉に表せないけれど、素敵な人生だと思う。
「跳び箱が絶対跳べるようになる」ことでも有名だった造ちゃん。
造ちゃんの名言を最後に紹介。
「跳び箱は、勇気と決断力だから!」
この一言で最終的にみんな跳べるようになるのだから、
すごい。
