カラダは服のようなもの | マライカのブログ

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日々の出来事の中で、ふと
見つけた 気づき 小さな感動 美しいな、カッコいいな、と
感じたことを、呟いています
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こんばんは。久しぶりにブログを書きます。
先日、兄弟のお葬式がありました。
気づいたことがありました。それで、ブログにしてみようと思いました。

死後の世界とか臨死体験とか
天国地獄、意識とか波動とか
エネルギー、周波数、宇宙、、、
いろんな事がいろんな人により、書かれたり教えられたりしています。

そんな事が実に下らないことの様に感じました。

兄弟の死に顔をみて、触っても、語りかけても、
何も答えません。
その顔は平安で安らかで微笑んでいるように見えました。
それを見たとき、カラダは洋服のようだと、感じました。
脱いだもの、として写りました。ただの肉体という抜け殻でした。

彼のカラダが、人形のように見えました。
いのちとは呼吸であり、動きであり、すべてが
エネルギーそのものだったんだと、わかりました。


冷たくなり、血の気がなくなり、どんどん固くなっていきました。彼は、彼は一体どこへ行ったのだろう。

それで、一晩中彼の横で過ごしながら、感じました。

人は存在しているだけで、価値があり、
生きてるそのこと自体がすでに、幸せで満たされていたんだ、と。



私たちは大きな錯覚の中で生きているようにも思えました。

生きていて、なんでも出来る体を持っているのに、なおまだ、満たされない事に不満を感じたり、求めたりしている。

そんな事がつまらなく感じたのでした。

人生とは映画みたいなものですね。
その人の生きてきた活動全てが、つまりはその人自身であり、死んだ時にそれが、はっきりとわかるんだな、、、と。

失敗とか成功とか金儲けできた、できないとか、
そんな事ではなく、
どれほど人に慕われているか、
何人の人の生き方に影響を与えたか、
何人の人の役に立てたか。
それが問われるような気がしました。

彼は非常識に見えるほどきちがいじみた経験ばかりしてきました。
しかし、たくさんの人に貢献できました。

一人一人の心の中に、忘れようにも忘れられない衝撃的な印象を残していきました。

遠い国ケニアからも嘆きの声が届きました。
彼は世界中に足跡を残したようでした。

生きてるうちに、やりたい事は片っ端から
チャレンジして、命のエネルギーを燃やせ。
弁解やへりくつを言わず、命がけで生きてみろ‼︎

彼がそう語りかけているように感じました。

ありがとう、私の弟よ。
いつの日か再会しよう。