障害児育児界隈でよく耳にする、インクルーシブ教育。
よく日本の現状と引き合いに出されるアメリカのインクルーシブ教育について実際に感じたことを書いてみたいなと思います。
アメリカは州によって、またカウンティによっても変わってくるので、私が住むカリフォルニア州のこととして読んでください。
私の息子、スマイリーは去年8月からkindergartenに入学しました。教室は普通の小学校の一角にあります。kindergartenは定型発達児クラスが2つあり、息子がいるSpecial needs のクラスと合わせて3クラスです。いわゆる支援学級かなと思います。
スマイリーのクラスには担任が一人、パラという補佐の先生が常時四人、それに対して生徒は9名です。
みんな何らかの障がいを持っています。non-verbalがみた感じでは三人くらいで、残りの六人は私から見ると「なんでこのクラスに?!」って」思うくらいよくお話できる子もいます。
アメリカではIEPという年に一回の会議で障がいのある生徒のカリキュラムを決めます。
私はkindergartenが始まる三ヶ月前の会議で、今通わせている学校の支援学級を勧められました。
IEPでは定型児もいる学校ではあるが、私の息子、スマイリーは多動であり、アテンションスパンも2分程度なので、
学校の集会には参加しない、
体育の授業や工作なども定型児のクラスには参加しない、
など学校側のプランを提案されました。
私は異論なく賛成しました。
だって、集会なんて無理だし、工作も嫌いだから普通クラスなんて無理でしょう!
本人の成長にあったクラスでのびのびと、できることを伸ばして欲しいというのが私の希望でした。
アメリカはインクルーシブが当たり前!という意見を目にしますが、校舎が一緒なだけで一緒に時間を過ごさないことも普通なようです。
8月中旬に始まった学校でしたが、9月にすでにクラスメイトが一人消え、11月にも一人クラスメイトが消えました。
その頃、私も支援学級の壁にぶつかりはじめました。
それは工作嫌いな息子が工作を強要され、興味のないアルファベットや数字の課題を出されはじめたことでした。
息子、スマイリーは工作やアルファベットの課題を家でさせようとすると、怒り狂いました。
いつもはニコニコと穏やかだった息子が、怒り狂い、泣き喚き、ペンを投げつけます。
そして問題行動が学校で「のみ」多発しました。
穏やかだった息子が先生の腕を引っ掻き、まさかに他害が発生しました。
これは明らかに、支援教室が息子にはあっていない!と思い、担任に連絡を取りました。
長くなるので続きます。