さまざまなことを考えてしまう~。


「もう、麻央さんからの発信はないんだな」とか


「姿を拝見することはないんだな」とか


当たり前なんだけど、改めて考え、


不思議で淋しい気持ちになる。




ほら、あたい、麻央さんと同じ病気だったんですね。


「あたいの時どうだったっけな~・・」と考えてみたんです。


がんと診断を受けたのが、丁度9年前。


もろもろの検査を受け、「転移はなし」と言われたのが


9年前の6月の終わりくらいだった気がする。


この時点で「セカンドオピニオン行ってきてもいいよ」と。


あたい、主治医のこと「信頼できそう」とすでに感じてたし、


看護師さんも親切丁寧だったから「ここでお願いします」と


すぐに言ってた気がします。


最初の時、「温存手術でいいと思うから」と言われたのも


セカンド~なしでいいと思えた理由かもしれんな。


7月に、同僚の結婚式に呼ばれていたので


「手術はその後で」と言ったら、


主治医が「8月は休暇を取るから、その後にしようか」と。


まー、急がなくてもいいってことだったのでしょう。


正直、いろんな準備もできたので「即入院」と言われず


助かったことをよく覚えています。


あたいの場合、


確かステージⅡbくらいだったと記憶してるんだけど。。


まー、当時の資料を確認すれば解るんだけど、


あたいの記憶もいい加減ですなあはは…


当初、あたいの治療方法は


手術(温存)→放射線治療→抗がん剤→ホルモン治療


という予定でした。


ホルモン治療ができるってことは、


ホルモン受容体等のいずれかが陽性であったということ。


これも、当時主治医が説明してくれた時に書いてもらったはず。


実は、一度も見直してませんあはは


ホルモン云々を説明するととても長くなってしまうので、


興味のある方は「トリプルネガティブ」で検索してみてください。


トリプルネガティブは予後が悪いと言われています。


転移・再発もしやすいとか。


あたいの場合、ホルモン治療ができたから


今生きてることができるのかもです。


話を戻します。


8月終わり頃手術。


たしか・・・27日くらいだったかと思うんだけど。


術後、1週間程度で退院したように記憶してます。


以後、術痕の治療?なんかで通院。


9月の中頃だったか、病理の結果が出て。


温存で切除した断面にガン細胞があったんですってえ゛!


で、もう一度温存手術をするか、全摘するか


選択を迫られるがーん


この時「ちと考えるので時間ください」と言いました。


主治医は「うん、じっくり考えていいから」と言ってくれ、


余計に安心して考えられたように思う。


だって、急かされたら「ヤバいのかはてなマーク」と


不安になったと思うから。


結果、全摘手術を決める。


二度目の手術あはは…


これが確か・・10月の終わり。


年に2度も全身麻酔で手術とはガクリ


あたいが思うに、この全身麻酔2回で記憶力が


ぐぐっと悪くなったと思うんだよね~。。。


物忘れが多いのは、決して歳を取ったからではないですビックリマーク


↑キッパリ!!




思いのほか長くなったので次回へつづく。。