Mappy Innocence6 Footprints

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25年目突入の空想地図や一人旅のブログですo(^▽^)o
2016.3.14よりプログスタート!

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第2回目は山口秋芳鍾乳洞にて。熊本の球泉洞を見てからすっかり鍾乳洞を見るのが楽しくてついに来てしまいました(笑)もちろん生まれて初めてです!


2016.2.23、当日は終日雨模様とのことだったので、この日は基本的に鍾乳洞や炭鉱跡、温泉を中心に行くことにしました。まずはその一番最初の訪問地。





















写真では幾度か見ていたものの、やっぱり実物は違います!なんというか・・・圧巻の一言です!鍾乳洞の中はものすごく広く、本当にここが洞窟の中とは思えないですね。途中途中で音声ガイドがあったので、聞きながらじっくりと拝見しました。


鍾乳洞入口は、金のトンネルや有名な滝口の入口など見所満載です!

去る2016.2.22~26まで九州・山口旅行と題して、福岡・山口・長崎・熊本・鹿児島へ旅行に行きました。

1回目は太宰府天満宮、小倉でのエピソードです。


2016.2.22の昼時に太宰府天満宮へ到着。平日にも関わらず意外と人が多いのにびっくり。ここにきたのは中学以来でしたが、記憶が定かでないため逆に新鮮な気持ちで見ることができました。

近くにすごいおしゃれな喫茶店があったので小休憩を♪





















その後途中若宮市の脇田温泉に寄り、目指すは北九州市小倉へ。

最初に皿倉山の夜景を見に行きましたが、道中がすごい峠道で着くのか心配も。しかし夜景はさすがとしか言いようがありません!


1日目の夜は小倉駅周辺の居酒屋で楽しみ、2日目の山口県へ備えます。

2015年秋に、1泊2日で鹿児島県の霧島、宮崎県の生駒高原、熊本県人吉市に行きました。


たくさんの場所に行こうという趣旨で、以下の場所を訪問

①肥薩線・嘉例川駅

②霧島・丸尾の滝

③高千穂牧場

④小林市・生駒高原

⑤肥薩線・スイッチバックで有名な大畑駅

⑥球泉洞

⑦人吉温泉

⑧伊佐市・曾木の滝

⑨出水市居酒屋


10月ということもあり、一際目立ったのが生駒高原のコスモス!一面に広がるコスモとをバックに、露店の食べ物を食べるといった風景は、なんとなく心休まる感じがしました。

また、生まれて初めて行った鍾乳洞である球泉洞は鍾乳洞のスゴさと、まるで世界ふしぎ発見みたいな冒険のような感じもしてワクワク感満載!

帰りには人吉旅館という風情のある温泉に立ち寄り、宿泊先の出水にて一日の労を癒しました(笑)


思ったこととしては1日でこれだけたくさんいろんなところにいけるんだなと思った次第です!

やはり秋に行くなら温泉やコスモス鑑賞は欠かせないかと。


















前回は海岸通り入口でしたが、今回は「街の入口が峠道」だったらという想定ですすめていきます。


日本には多くの"峠"がありますが、大抵は街の中心部までは距離があり、かつ沿線には以下のパターンがあります。例えば、


①峠から街の中心部までの沿線に川が流れている

・国道218号津花峠⇒高千穂町や国道328号紫尾峠⇒出水市

②峠を越えても、つづら道だらけで、街の中心部まで行くのに時間がかかる

・旧国道121号大峠⇒喜多方市、旧国道265号国見峠⇒椎葉村

③峠を越えるといきなり街が現れる

・旧国道18号碓氷峠⇒軽井沢町

④峠を越えると一変し観光地があらわれる

・国道1号箱根峠、国道57号雲仙温泉付近


①のパターンだと単調な風景なので、意外と淡々風景が描ける。時折途中に道の駅のような施設や、滝を描いたりも。

②が一番製作に時間がかかる印象。そして現実離れしたような"1車線の狭い道の上につづら100箇所""峠を越えても50kmつづら道が続く"等の道を描くこともあり、現実なら絶対通りたくないほどの内容になったりも(笑)

③はギャップを図るのに最適!長いつづら道の先にはリゾート地といった感じや、ようやく街が・・・といった安心感♪

④はこんなところに有名な〇〇が!といった感じになり、その先には密集した温泉街が・・・といったワクワク感のあるまちづくりができる。


似たようで全く別の街の雰囲気を出すには①~④を活用していいくことによって新たな街が生まれていくのかと思い方です。

前回投稿した街の入口が決まれば、次に考えるのが"どんな道路を通していくか"ということです。

第1回目はもしも街の入口が「海岸通りだったら」という想定です。


日本には海岸沿いの街はたくさんあり、海水浴場や風光明媚な景色、はたまたリアス式海岸のような山道だったりと一概に固定するのは難しい側面があります。


自身の空想地図の海岸線をおおまかに分類すると以下3つに分けることができました。

①4車線または2車線の国道で、沿線は海水浴場と鉄道が並行している。

例:神戸~明石(国道2号)、大分~別府(国道10号)

②リアス式会海岸沿いの断崖絶壁。国道は殆どが1車線の狭い道。

例:三陸海岸(特に旧国道45号)、佐伯~延岡の日豊リアスライン(国道388号)

③山と海に阻まれたところを縫うような沿線

例:親不知海岸(国道8号)、清水~富士の由比海岸(国道1号)


特に多用しているのが③。あえてそうすることで、今後の整備(道路の現道拡張・線形改良・バイパス化・区画整理など)の展望が開けるという側面があります。

①②を多様しない理由の一つに、

①は整備されており、拡幅以外の効果が得られないこと

②は沿線に住居がなければ大抵はトンネルで貫いてしまい、未整備のままか廃道になってしまう。

もちろん住居があれば、住居を移転しない方法で道路をいかに拡幅・線形改良するかという楽しみもある。


③を多用することにより①のような風景へ整備を促したり、はたまたギャップを図って③のような快適な道から②に移行してすると言った面白みがありますね♪


でも現実的にはあまり先を見ず描いていくうちにひらめくことが多々あるので、一概にこれがすべてではありませんがΣ(゚д゚lll)

この日生まれて初めて熊本県にある黒川温泉に参りました!

伺った温泉は「新明館」という宿で、洞窟ぶろが有名だそう。実際行ってみると、今まで見たこともないようなある意味"原始的な"露天風呂に圧巻されました。

露天風呂と緑いっぱいの雰囲気はもちろん、洞窟風呂はなんといっても洞窟内だけに身体がぽっかぽかになるほど温まります。

後々この「新明館」調べてみると黒川温泉発祥の地ということが分かり、なるほどと関心仕方でした♪
















これを機会に、黒川温泉には2016年3月現在までに4回訪れるほどの"ファン"になっちゃいましたね(笑)


※洞窟風呂・露天風呂の写真はインターネットより

空想地図を描くには、まずどんな街を描くかというアイディアが必要になります。街の入口を海岸から始めるか、峠道から始めるか、トンネルの先にするか、長い橋の先にするか・・・。


①例えば街の入口が海岸沿いであれば、その街のスポットが海水浴場だったり漁港やフェリー乗り場という港町スタイルが描ける。

②はたまた峠道が入口だと、峠から街の中心部まで長いか短いかで道路の形状(つづら道か緩い下り坂)などが決まる。山中ということになればもしかしたら秘境の温泉街になったり(笑)

③長い山岳トンネルの先となれば、田舎⇒トンネル越えれば大都市といったギャップを図れたりも。

④長い橋の先(例:関門橋や明石海峡大橋)になれば、隣町とは明らかに違う風土(県をまたぐような)に様変わりといったニュアンス。


①~④はあくまでも一例ですが、隣町との差別化を図る上に置いては、街の入口は意外のと大きな要素かもしれません!






2016.3.15のブログに製作25年と書きましたが、まさか1991年から現在に至るまで思いもよらない・・というより全く先のことは考えずに只々描き続けたと言ったほうが妥当でしょう。18歳になるまでは今のように自身の足で旅先に出向くよりも、親や知人の運転する車窓から眺めた景色をもとに空想地図描いているので、「地元の道」「1990年代の風景」をベースにしているのがほとんど。














1991年~1995年頃まで描いていた例としては、

・現在ではあまり見ない形状の交差点(左折のところに一つ目信号があったり、矢印信号がめったにない)

・トンネルでなくほとんど峠道ばかり。しかもなぜかつづら道() 

例えば国道121号・大峠旧道以上の極端なもので、実在したら絶対通りたくないような道路。

・交通関連において、今でこそLEDが主流の信号機も1991年当時は昭和4050年代設置のいわゆる「錆び付いた古い信号」

・速度標識は今懐かしい「40高中」の文字の入った路面や標識

・方向案内標識は十字路行き先案内でなく「↑地名35km」のような昭和50年代主流のタイプ

と、2016年現代では懐かしすぎるタイプのものばかり。


しかし最近はその当時の風景を思い出しながら空想地図に再現するのが多くなってきました。

忘れないうちに当時の道路や風景を再現することは容易ではないですが、自身の記憶のあるうちに「ああ~1991年の頃はこんな道路だったな~」と自分で思い返すこと、また後世の子供たちに「こんな風景だったんだよ」と教えられたら描いた甲斐があると思う次第です。



※画像はインターネットより。














1991(平成3)6月より製作を開始した”空想地図”が今年61日で製作25年を迎えます。

25年前というと当時8(小学2)であり、出来事としては「ジュリアナ東京オープン」「SMAPCDデビュー」「雲仙普賢岳で火砕流が発生」などがあった年でした。

それから学校での休み時間・昼休みや自宅での余暇の時間を使って手描きで描いてきましたが、それを繰り返していくうちにノートはどんどん増え、現在75巻に達してます()

空想地図を描く仲間は身近に皆無であり周囲は「?」という印象が多く、祖父にも「85年間生きて、まだ貴方のような趣味の人は会ったことがない」と言われるほど稀代な趣味だったようです。


それでも、学生時代の友達は空想地図に自作を提供してくれたり、表題のイラストや面白コメントなどを描いてくれたりしてくれたことにとても感謝してます♪


手描き製作のため最近は昔ほどハイペースには描けていませんが、目指すは100!!
タモリ倶楽部でも本格的空想地図である地理人さんの中村市をピックアップしたこともあったようなので、いつしかまだ巡り合うことがない同じ趣味友ができたらいいなと思い方です!


<製作状況>


★199106
1巻製作開始(30枚ノート)。当時は鉛筆(HB2B)のみ使用。(8)

★199401
10巻製作。この頃よりロケット鉛筆を使い始める。(10)

★199705

20巻製作。初めて100枚ノートを使用。シャーペン使用開始。(13)

★200004

30巻製作。2000年だけで実に12巻製作している。(16)

★200103
40巻製作。(17)
★200304
50巻達成。当時ドラマ「Good Luck!」が流行っていたこともあり、地名に「柴咲」「堤」「香田」などの名前が出でいる。(19)

★200504

60巻。専門学校の真っ只中。(21)

★200805
70巻。専門学校の最中。この頃より製作が急速に遅くなる。(24)

★201405
76巻製作開始で継続中。(32)



2016314日現在