2013年の新西国三十三ヶ所観音霊場、最初の巡礼先は兵庫県神戸市須磨区にある「須磨寺」です。源平合戦に関係する史蹟などが多く残るお寺です。
新西国三十三ヶ所観音霊場、第24番札所「上野山(じょうやさん) 須磨寺(正式名は福祥寺)」。創建は886年。開基は「聞鏡(もんきょう)上人」。宗派は「真言宗須磨寺派大本山」。本尊は「聖観世音菩薩像」。
詠歌 「世にひびく 青葉の笛の 名にぞきく すまのみ寺の 松風の声」
「須磨寺」の始まりは寺伝によると、天長年間(824~834年)に漁師が兵庫区和田岬の沖で、海中から「聖観世音菩薩像」を引き上げたことから始まります。
引き上げられた「聖観世音菩薩像」は当初、「淳和天皇」の勅命により会下山(えげやま)の「北峰寺」に安置されましたが、886年に「光孝天皇」の勅命により、現在地へ移すために「聞鏡上人」が伽藍を建立し、本尊として祀ったと伝えられています。
その後、戦火による焼失や地震などによる倒壊の被害に遭い再建を繰り返しますが、江戸期の幕末にはかなり荒廃したようで、現在の「須磨寺」の寺観の大半は明治時代中期に復興されたものです。
「須磨寺」の交通アクセスは電車だと、山陽電鉄の須磨寺駅から徒歩約5分ぐらいで、車では境内の山の上を走る旧神明道路側に、お寺の無料駐車場があります。
しかし、この場所に駐車すると山門に当たる「仁王門」へは、1番遠い場所になってしまうので注意が必要です。
参道にある寺名を知らせる石碑。車だったんで逆戻りです。
石碑から真っ直ぐの参道を進むと「龍華橋(りゅうげばし)」があって、「龍華橋」の左手に塔頭の「正覚院」があります。
龍華橋。
正覚院。本尊は愛染明王像。
「龍華橋」を渡ると「仁王門」があります。
「仁王門」は「源頼政」により、再建されたものだと伝えられています。
仁王門。
「仁王門」には「運慶」、「湛慶」作と伝えられている「仁王像」が安置されています。
阿形。
吽形。
「仁王門」を抜けて一直線上の参道の高台に「唐門」があり、参道の左手には塔頭の「桜寿院」、「源平の庭」、「宝物館」、右手には「弘法岩五鈷水」、「千手観世音菩薩像」、「阪神淡路大震災追悼碑」、「貞照寺(じょうしょうじ)」、塔頭の「蓮生院(れんしょういん)」、「厄除大師堂」などあります。
桜寿院。本尊は阿弥陀如来像。
「源平の庭」は源平合戦「一の谷の戦い」にて、源氏方の「熊谷直実(くまがいなおざね)」と、「平清盛」の弟「平経盛」の子「平敦盛」との一騎打ちのシーンを再現しています。
源平の庭。海へ逃げる平敦盛を呼び止める熊谷直実。
宝物館。須磨寺の寺宝を展示。
弘法岩五鈷水。手水舎です。
大きな岩に五鈷杵が置かれています。
千手観世音菩薩像。
阪神淡路大震災追悼碑。
「貞照寺」はかつて一の谷町にありましたが、阪神淡路大震災の被害で全壊し、「須磨寺」の境内へ移築されたそうです。
貞照寺。本尊は鯖大師と呼ばれている右手に鯖を持つ弘法大師像。
釈迦如来石仏と十六羅漢石仏も同時に移されたようです。
蓮生院。本尊は不動明王像。熊谷直実の法名の蓮生が由来している。
厄除大師堂。
厄除大師堂の側には修行大師像が。
高台にある唐門。
「唐門」を抜けると真正面に「本堂」があります。
「本堂」は1602年、「豊臣秀頼」により再建されたものです。
本堂前にも手水舎があります。
本堂。
別アングルから。
「本堂」には本尊として「聖観世音菩薩像」を祀り、脇侍として「毘沙門天像」、「不道明王像」が安置されています。
本堂手前。
「本堂」の周辺には左手に「大師堂」、「敦盛首洗池」、「義経腰掛の松」、「経木供養所」があり、右手には「護摩堂」、「十三重塔」、「写経輪堂」、「弁慶の鐘」、「七福神福禄寿尊」があります。
大師堂。本尊は弘法大師像。
「敦盛首洗池」は「熊谷直実」との一騎打ちに敗れた、「平敦盛」の首を洗った池だと伝えられています。
「熊谷直実」は自分の息子と同じ16歳の「平敦盛」を哀れに思い逃がそうとしますが、源氏方の大勢の兵士たちが迫る中、逃げることは難しいと思い泣く泣く「平敦盛」の首を取ったと言われています。
「熊谷直実」は武士の非情さに心を傷めるようになり、このことで出家を決意したと言われていて、後に「浄土宗」開祖の「法然」の弟子となり、「蓮生」と名乗って「平敦盛」を供養したと伝えられています。
敦盛首洗池。
「義経腰掛の松」は「源義経」が、この松の上に座って「平敦盛」の首を首実検したと伝えられています。
義経腰掛の松。
経木供養所。
護摩堂。去年の4月に修復完成して、非常に新しい感じです。
十三重石塔。鎌倉後期作。護摩堂の右手にあります。
写経輪堂。お堂が回転し1回転させると、写経したことになるそうです。
「弁慶の鐘」ですが「一の谷の戦い」で、「源義経」が一の谷の崖を駆け下った奇襲作戦「逆落とし」の際、「武蔵坊弁慶」が暗い山中に明りを灯すため、長刀の前方に提燈、後方にこの鐘を吊るして天秤のように担いだそうです。
この「武蔵坊弁慶」の行動が、「提燈に釣鐘(釣り合いがとれていないこと)」の語源となったと言われています。
弁慶の鐘。
これはレプリカで本物は宝物館に展示。
七福神福禄寿尊。神戸七福神の1つだそうです。
「本堂」の前方には「寺務所」があります。
寺務所。納経所もこちら。下は宝物館です。
「経木供養所」の前方は、「須磨寺」の「本坊」となっています。
書院。
本坊内にある朱印蔵。
庫裏。
「本坊」内には「須磨寺」にある24の句碑の1つ、「松尾芭蕉」の句碑があります。
「松尾芭蕉」が若くして命を落とした、笛の名手であった「平敦盛」を偲んで詠んだ句で
「須磨寺や 吹かぬ笛聞く 木下闇」
「須磨寺の裏山には木々が生い茂って、日差しが強いほど木陰も濃くなる。木陰に留まっていると、風で木の葉が揺れて鳴る音が、敦盛が吹く青葉の笛の音のように聞こえてくる。」
本坊内にある松尾芭蕉の句碑。
「本坊」の前から左手に行くと「神功皇后釣竿竹」、「弁財天社」、「石五仏」、「出世稲荷」、「三重塔」、「六地蔵尊」、「親子地蔵尊」、「きんぽとん童子」、「一畑薬師如来石像」、「敦盛公首塚」、「青葉殿」、「万霊堂」があります。
「神功皇后釣竿竹」は「神功皇后」が三韓征伐の帰途中、ここに置いていった竹の釣竿が根付いて育ったと言われています。
神功皇后釣竿竹。
弁財天社。
五石仏。
出世稲荷。
三重塔。1984年に再建されたもの。
三重塔の周りは四国八十八ヶ所のお砂踏み霊場となっています。
六地蔵尊。
親子地蔵尊。神戸六地蔵尊の1つ。
金浦敦(きんぽとん)童子。
一畑薬師如来石像。
敦盛公首塚。
石塔は五輪塔。須磨浦公園にある敦盛塚には胴が祀られています。
青葉殿。納骨堂です。
万霊堂。西国三十三ヶ所観音霊所の石仏が安置されています。
「本堂」の裏山には「奥の院」があって、「奥の院」へ行く参道は「十三仏巡り」、「七福神巡り」が出来るようになっています。
十三重石塔の側に奥の院への入口があります。
奥の院参道。
十三仏巡りの1つ不動明王。この形で七福神も山道に安置されています。
奥の院。弘法大師空海像を祀る。
最後に「須磨寺」には9つの「おもろいもん」があって、HP上でも「おもろいもんめぐり」として紹介してましたので探してみました。
からくり時計。寺務所の中にあります。
ぶじかえる。宝物館前にあります。
わらべじぞう。同じく宝物館前にあります。自分の影も写ってます。
七福神マニコロ。これも宝物館前にあります。
小石人形舎。宝物館入口前にあります。
結縁数珠。大師堂後方にあります。
青葉の笛メロディ。本坊入り口前にあります。
五猿。頭にセンサーがあり撫でると動きます。三重塔の横にあります。
ミーシャぐま。シベリア満蒙戦没者慰霊碑の前にあります。
須磨寺の御朱印。