今回はコイケヤの「ポテトチップス」と、こんぶのくらこんの「塩こんぶ」がコラボレーションした商品、「ポテトチップス くらこん 塩こんぶ味」が発売されています。
最近、おにぎりなんかでも、くらこんの塩こんぶを使ったものを見かける。
こんぶの味はあんまりしない感じで、塩味の強いポテトチップスといった感じですね。
「塩こんぶ味」の他に、「こんぶ梅味」も同時していますよ。
今回、紹介する西国三十三ヶ所観音霊場は、インドの天竺から紫雲に乗って渡来したと言われる、伝説の人物「法道仙人」が開いた「播州清水寺」です。
西国三十三ヶ所観音霊場、第25番札所「御嶽山(みたけさん) 播州清水寺」。創建は627年。開基は「法道仙人」。宗派は「天台宗」。本尊は「十一面観世音菩薩像」。西国観音霊場の本尊は「十一面千手観世音菩薩像」。
詠歌 「あはれみや 普(あまね)き門の 品々に なにをかなみの ここに清水」
「播州清水寺」は今から約1800年前、インドの天竺から紫雲に乗って渡来したと言われる「法道仙人」が、この地を訪れて鎮護国家豊作を祈願したことが始まりとされています。
627年、「推古天皇」の勅願により「金堂(現在の根本中堂)」を建立し、「法道仙人」が一刀ごとに三礼して刻んだ、秘仏の本尊「十一面観世音菩薩像」を祀り、脇侍として「毘沙門天像」、「吉祥天像」を安置しました。
725年、「聖武天皇」の勅願により「行基」が、「大講堂」を建立したと伝えられています。
988年、西国三十三ヶ所観音霊場の中興の祖「花山法皇」が訪れて、「大講堂」を西国観音霊場の第25番札所と定めたそうです。
寺号の由来ですが、この地が水に乏しかったので「法道仙人」が水神に祈願したところ霊水が湧き出たので、このことに感謝して「清水寺」と名付けたと伝えられています。
同じ西国観音霊場の京都の第16番札所「清水寺」と区別するために、「播州清水寺」と呼ぶようになっています。
残念ながら「播州清水寺」の寺観は、明治末期および1913年の火災により全山が焼失してしまい、現在の堂宇は大正期から昭和期にかけて再建されたものだそうです。
「播州清水寺」の交通アクセスは、電車だとJR福知山線相野駅で下車し、駅前から「播州清水寺」行きのバスで、山頂の「仁王門」前まで約35分かかり、車だと県道311号線から分岐する「きよみず登山道」で拝観料を支払い、「仁王門」前の大きな無料駐車場まで行くこととなります。
今回は雪が積もる中の参拝で、いつもと風情が違うお寺の画像をお楽しみください。
仁王門まで18丁。約2kmで40分ぐらいかかる。ここからは入山料無料です。
「仁王門」は1965年の台風で倒壊し、1980年に再建された新しい建築物です。
「仁王門」には「仁王像」が安置されています。
「仁王門」を抜けると少しの坂道の参道を歩き、最初に到着するのが「薬師堂」です。
参道途中にある清水茶屋。閉まってるけど、おみやげとか売ってます。
「薬師堂」ですが1984年に再建され建築物で、建立は「平清盛」の義母「池之禅尼」だそうです。本尊として「薬師如来像」を祀り、本尊の周りの壁に「十二神将像」が掛けられています。
「十二神将像」ですが、奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」を制作した彫刻家「薮内佐斗司」氏の作品で、十二支をモチーフにしてユニークな感じで作られています。
「薬師堂」の前方には「放生池」があり、「放生池」の横に「大講堂」があります。
「放生池」の中央には小さな祠があり、比叡山の「無動寺」から分祀した「弁財天」が祀られています。
「大講堂」は「聖武天皇」の勅願により「行基」によって建立されましたが、1913年の火災で焼失してしまい、現在のものは1917年に再建された建築物です。
「大講堂」には西国三十三ヶ所観音霊場の本尊、「十一面千手観世音菩薩像」が祀られています。
本尊の「十一面千手観世音菩薩像」も「大講堂」と同じく火災で焼失し、「大講堂」の再建と共に刻まれた新しい仏像です。本尊は秘仏ではないので常時、「大講堂」内に入って外陣から拝観することが出来ます。内陣拝観料を支払うと側まで行くことが可能です。
「大講堂」から左手の石段を下ると「本坊」があり、右手の石段を上がると石段の途中の右手に「地蔵堂」、石段を上がりきると真正面に「根本中堂」があります。
「本坊」は1917年に再建された建築物で、「播州清水寺」の寺務所となっています。
予約すれば巡礼者の昼食や、各種団体の研修などが行えるそうです。
本坊内は拝観出来ませんが、玄関口は開いていました。生け花が立派。
「地蔵堂」は1982年に再建された建築物で、本尊として「地蔵菩薩像」を祀っています。
「地蔵堂」は「後白河法皇」が創建した、「常行堂」跡に建てられているそうです。
「播州清水寺」の本堂に当たる「根本中堂」は627年、「推古天皇」の勅願により「金堂」として建立されましたが、1913年の火災により焼失、1917年に「根本中堂」として再建された建築物です。
「法道仙人」が一刀三礼で刻んだと言われる本尊の「十一面観世音菩薩像」は、1913年の火災の際に自ら避難したという伝説を残しています。
本尊は30年に1度開扉される秘仏で、普段はお前立ちの「十一面観世音菩薩像」が拝観出来るようになっています。
「根本中堂」の左後方から参道を少し進むと、「播州清水寺」の寺号の由来となった、「法道仙人」が水神に祈願して湧き出た霊水「滾浄水(こんじょうすい)」があります。
「滾浄水」が湧き出ている場所は「おかげの井戸」と呼ばれていて、この井戸に覗き込んで自分の顔を写すと、寿命が3年延びると伝えられているそうです。
その他の「播州清水寺」の堂宇や史跡などを紹介しておきます。
「大講堂」の後方の高台の広場に「鐘楼」、「聖観世音菩薩像」、「稲荷社」、「十三重石塔」などがあります。
「鐘楼」は1920年に再建された建築物です。
この広場周辺は西国三十三ヶ所観音霊場の石仏が安置されている。
「根本中堂」の右後方から高台に上がる石段があり、途中の左手には「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」があり、さらにその上には「多宝塔(大塔)跡」があります。
「宝篋印塔」は「護摩堂」跡に建立されていて、中には「般若心経」の写経3333巻を納めているそうです。
「多宝塔(大塔)跡」には1157年、「平清盛」の生母と言われる「祇園女御(ぎおんにょご)」が建立した「多宝塔(大塔)」が建っていましたが、1907年に火災により焼失し、1912年に再建されましたが、1965年の台風によって倒壊し再建されずに礎石が残る状態となっています。
「根本中堂」から右前方に下った場所に「月見亭」があります。
「播州清水寺」の法要の1つ「二十六夜待」で、旧暦7月26日の遅い月の出を待つ最適な場所だそうです。
最後に「播州清水寺」は標高552mの御嶽山の山頂にあり、ここから眺める風景は絶景だそうです。
雪が降り終わった後なんで仕方ないですわな。いつもながら・・・。
雪が積もる中、大人げなくテンションが上がり、誰も踏んでいない雪の積もった場所を強引に歩きまくり、雪の踏み締める感触を堪能した今回の西国三十三ヶ所観音巡礼でした。
播州清水寺の御朱印。