「さ、飲みなおすぞっ」
頬をムニっと摘まれた。
「いっ…」
殴られた時に口の中を切ったらしい。
唇の端の血を拭われて痛かった。
ティラノは自分の親指に付いたミイコの血をベロリと舐めて ニッと笑った。
「なんだよ。ほれ、さっきの店がいいか?
それとも他の店に行くか?俺が飲みたいのは日本酒だから、この先の…」
ティラノは私の意見など聞く気ねーな。
というか、さっきの店?
ティラノもいたの?
もしかして、私をつけてきた?
それで助けてくれたの?
いや、そのわりには助けるの遅いだろ。
まぁまぁ殴られちゃったじゃん。
じゃあ、偶然?
そんな都合のいい偶然ってあるのかな…。
ティラノにグイグイと手を引かれながら、頭の中でブツブツと呟いていると、いつの間にか街の端から街のど真ん中に来ていた。
なにこいつ、歩くの速っ!
私、ほとんど走ってんじゃん。
「あっれー?どこだっけ あの店、んーと」
どこでもいい。今は独りになりたくないし、独りで家に帰りたくない。
それから、一応 助けてもらったんだから 酒の一杯も奢って礼をしなきゃだ。
ティラノは、この男は何者?
ミイコって なに?ただの思い付き?
どこから、いつから私を見ていたの?
なんで、あんなに強いの?
聞きたいことが沢山ある。
はやく落ち着いて話がしたい。
「このビルの店でいいんじゃない?」
目の前のビルを指差すと、ティラノはビックリしたような顔をした。
「スゲーな俺。勘で店に辿り着いたぞ♪」
待て待て、今の今まで迷ってただろ。しかも目の前のビルに気付かなかったし。
おそらく「はぁ?」な顔をしていたんだろう私の頭をポスっと上から抑えると
「おまえも偉い偉い。よく気がちゅきまちたねー。さー行こう!飲むぞーっ!」
うわっ、デカっ!声デカっ!
「ちかごーろーわたしーたーちはー いーかんじー♪」
ごきげんだな、ていうか歌うのやめて!うるさいからっ!頭掴んで歩かないで!私、子供じゃないしっ!目立つから!
でも…ん…なんだろ…悪くないな、こういうの。
ビルのエレベーターに乗り込むと、私とティラノ以外には誰もいなくなった。
ティラノは歌うのを止めた。三階までの静寂。
チンッ。エレベーターの扉が開くと同時にティラノが言った。
「逃げてもいいんだよ?」
え?
私は 後に ティラノのこの台詞を もう一度聞くことになる。
